mizutoriのよみもの
下駄で「神経衰弱」⁉ シリーズ「mizutori」とは... 【第五十四話】
第五十四話 下駄で「神経衰弱」⁉ 工場に木地が届くと、mizutoriではちょっとした「神経衰弱」が始まります。 mizutoriの下駄やスリッパには、マホガニーや静岡県産ひのきなど、天然の木を使っています。 天然木なので、ひとつとして同じ木目はありません。 お店やウェブサイトで商品をご覧いただいた時、木目をじっくり見る方はそれほど多くないかもしれません。 けれど私たちのものづくりには、実は隠れたこだわりがあります。 それは、左右の木地の柄をそろえて、一足のペアにすることです。 木地が届くと、まずはじっと目を凝らして、左右でぴたりと木目が重なる相方を探します。 まるで神経衰弱です。 同じ柄同士が見つかったら、離れ離れにならないように番号を振ってセットにします。 その中には、どうしてもぴったりの相手が見つからない木地もあります。 そんな時は、無理やり他と組み合わせたりしません。 一旦保留にして、また次の検品で届く木地の中から、運命の相手が現れるのを待ちます。 実はこの柄合わせ、「two piece」という、つま先とかかとの二枚の木板をつないだ商品では、さらに大変です。 左右を揃えるだけではありません。 同じ足の、つま先とかかとの木目まで、自然につながるよう揃えています。 一足の中にある木板は、全部で四枚。 そのすべての木目が、美しく調和するように組み合わせています。 私たちのものづくりは、多くの工程を職人たちがつなぐ分業制です。 途中で外注さんへ送り、加工をお願いすることもあります。 もちろん、離れ離れにならないよう番号を振って送り出します。 けれど時には、何かの手違いで、パートナーが入れ替わって戻ってくることもあります。 お客様が気づかれない部分かもしれません。 けれど、そこはmizutoriのこだわりです。 戻ってきたものは、製造ラインへ回す前にもう一度確認します。 もしズレていたら、再び正しい相方を見つけて組み直します。 効率だけを考えるなら、届いた順に左右を組み合わせた方が、ずっと早く作れます。 相方を待ったり、もう一度探し直したり。...
私と工場 シリーズ「mizutori」とは... 【第五十三話】
第五十三話 私と工場 小さい頃、工場は私の遊び場でした。 当時はまだ、今のように下駄ではなく、サンダルやシューズの中底をつくっていた時代です。 工場の中には、「ボール」と呼ばれる畳二畳分ほどある厚紙のような材料が、あちこちに積み上げられていました。 高さもさまざまで、その上によじ登ったり、高いところから低いところへ飛び移ったり。 今思えば危なかったと思いますが、当時の私にとっては、最高のアスレチックでした。 ↑:姪っ子たちが小さかったころ、会社探検をしているところ 工場には、サンダルの底ゴムを削る機械もありました。 そのゴムの削り粉を集めては、通路の土を掘り、ビニールを敷いて水をため、その上に削り粉を浮かべて、落とし穴を作ったり。 工場の庭にはたくさん植木もあったので、木の実や葉っぱを採ってきて、石で潰しながら漢方薬屋ごっこをしたり。 周りにあるものすべてが、遊びになっていました。 そんな環境で育ってきたので、遊びながらも自然と、工場の中で行われている仕事を見ていたのだと思います。 少し大きくなった頃には、簡単な仕事を頼まれることもありましたが、子どもながらにやるべきことがわかっていた気がします。 きっと遊びの延長線上に、仕事があったのだと思います。 今の私なら、子どもが材料の上を飛び回っていたら、間違いなく怒ると思います。 「危ないからやめなさい!」 と100%言うでしょう。 それに、材料とはいえお客様に渡るものですから、その上に乗って遊ぶなんてありえません。 もちろん、当時も注意はされていましたが、働いていたおじさんやおばさんも、「絶対に遊ぶな」という強い感じではなく、どこか見守ってくれているような雰囲気がありました。 きっと昭和の時代だからこその、おおらかな空気だったのかもしれません。 ↑:工場で働いてくださっていたスタッフさん 家族みんなで力を合わせて家業をしていくことも、当たり前の時代でした。 子どもだって、手が足りなければ仕事を頼まれます。 配達にもついていって、荷下ろしを手伝うこともありました。 そしてそのご褒美として、帰り道にある屋台のラーメンを食べさせてもらえるのが、何よりの楽しみでした。 時代も変わり、工場も変わり、働く人も、そして私も変わりました。 工場も一部リフォームされ、庭の植木も以前より減り、子どもの頃の景色とは少しずつ変わっています。 それでも、子どもの頃に感じていたあの家業ならではの空気感は、今もどこかに残っている気がします。 ↑:先代と当時飼っていたコタロウ@旧事務所前...
mizutoriの職人 —よっちゃん— シリーズ「mizutori」とは... 【第五十二話】
第五十二話 mizutoriの職人 —よっちゃん— mizutoriには、「よっちゃん」というベテランの職人がいます。 今年83歳。 けれど工場では、彼の年齢を意識することはほとんどありません。 時短勤務になってからも、気づけば定位置に座っていて、段取りよくシャキシャキ手を動かしている。 私のかなり古い記憶の中にも、よっちゃんはいます。 先代社長の友人でもあるので、私が生まれる前からずっと身近にいた存在です。 もともと靴業界にいて、履物づくりに携わって60年以上。 下駄づくりの世界に入ってからも、数十年になります。 父と年齢も近く、尊敬する履物づくりの大先輩です。 偶然にも、私と誕生日・血液型が同じということもあり、私にとっては気の置けない相談相手でもあります。 これまでのmizutoriの商品開発では、よっちゃんがいなければ生まれなかった商品がいくつもあります。 主に担当しているのは、しずおか産ひのきを使った商品です。 人気の「ひのきのはきもの」や「two piece」も、よっちゃんがいたからこそ形にすることができた商品です。 同じ履物といっても、下駄とスリッパではまったく別のものです。 しかもプロのデザイナーと組んで商品をつくるとなると、細かな条件もたくさんありました。 履き心地も大切にしながら、デザインも成立させる。 時には、「本当にできるのだろうか」と思うような、無理難題に感じる依頼もあります。 そんな時、私たちを支えてくれるのが、よっちゃんの圧倒的な経験と知識でした。 そしてもうひとつ、 よっちゃんには工場内の誰にも負けない探求心があります。 答えが見つかるまで、考えることをやめません。 何かお願いすると、 「いやだ」 「もうわかんねぇ、無理」 と、一度は必ず渋る素振りを見せます。 けれど、その言葉とは裏腹に、たいてい頭の中ではすでに次の方法を探し始めています。...
もし下駄屋に生まれていなかったら シリーズ「mizutori」とは... 【第五十一話】
第五十一話 もし下駄屋に生まれていなかったら 地場産業である履物工場に生まれ、ずっとこの仕事を見て育ち、今では三代目という立場になりました。 けれど時々、ふと不思議に思うことがあります。 もし自分がまったく違う環境で生まれ育っていたとしても、私は日常で下駄を履いていただろうか、と。 そもそも私は、下駄を履くことが特別ではない環境で育ちました。 家族が履いていて、工場があって、その風景がずっと身近にありました。 だからきっと、なんの躊躇も疑問もなく、下駄を履いてきたのだと思います。 (写真は水鳥工業2代目の父_足元は「茶人」) 代々、心地よい履物づくりにこだわってきたこともあり、mizutori下駄の心地よさをもっと多くの方に知っていただきたいという思いも、気づけば自然と自分の中にありました。 けれどもし、まったく違う人生だったら。 履物に、ここまでこだわりを持っただろうか。 下駄に、ここまで興味を持っただろうか。 これは今の自分には、きっと分からないことです。 ただ、だからこそ考えることがあります。 もし下駄に対する思いがゼロ、いや、もっと言えば、人生の中で「下駄」を考えたことすらない方なら、どういう経緯で興味を持つことになるのだろうか、と。 出会う機会がなければ、きっと、一生mizutoriに辿り着くことはないでしょう。 それは、百貨店の催事かもしれませんし、SNSで偶然見かけることかもしれません。 誰かからの紹介かもしれませんし、それぞれに違った出会いの瞬間があるはずです。 実際にご購入いただいた方が、どんなきっかけで出会い、どんな思いで購入されたかを教えてくださることがあります。 その中で驚いたのが、旅先で偶然、mizutoriを履いている方を見かけて、「あれはどこの下駄だろう」と気になり、探してくださった方がいたことでした。 そんな出会い方もあるんだ、と嬉しさを超えて感激しました。 そしてもうひとつ、興味深いと感じることがあります。 最初に出会ってから、すぐに購入ではなく、数年越しに選んでくださる方がとても多いことです。 「2〜3年悩みました」 という方もいれば、 「10年前から気になっていて、やっと今年買えました」 という方もいらっしゃいます。 こうしたお話を聞くたび、下駄は一般的にはまだ、特別な履物なのだと感じます。 その距離を少しずつ近づけていくことが、もっと日常に寄り添うための鍵なのかもしれません。...
mizutoriをつなぐ夫婦の話 シリーズ「mizutori」とは... 【第五十話】
第五十話
mizutoriをつなぐ夫婦の話
先日、5月16日放送予定のNHK「ウイークエンド中部」の撮影をしていただく機会がありました。
これまで、テレビやラジオの出演は、専務である夫のジョナタンか、広報担当のスタッフが対応していました。
その理由はとても単純で、社長である私は、極度のあがり症だからです。
さらに言えば、自分の中の全盛期からかなり増量してしまったこともあり、誰が見るか分からないテレビに、今の自分を映す勇気がなかなか持てませんでした。
今回の取材テーマは、夫が母国から持ってきた「宝物」についてのお話でした。
一見、私が出る場面はなさそうだったのですが、夫が日本へ来た理由をたどっていくと、どうしても結婚や、下駄工場を継ぐ話につながります。
そんな流れもあり、今回は夫婦そろって取材を受けることになりました。
生放送ではありませんが、やはり撮影は緊張します。
夫が出演しているだけでも、どこか保護者のような気持ちでそわそわしてしまうのに、自分も一緒となれば、もう何を話したのかよく分からなくなるほどでした。
けれど、インタビューを受けながら昔のことを振り返っているうちに、少しずつ緊張がほどけていきました。
「ああ、そんなこともあったな」
と、懐かしく思い出す時間でもありました。
三代目として下駄工場を継ぐことを決めた私のために、すべてを置いて日本へ来てくれたこと。
はじめてmizutoriの下駄を履いた夫が、そのフィット感に感動し、「このまま走り回れそうだね」と言ってくれたこと。
そしてその時、夫と一緒なら、この下駄を世界中に広げていけるかもしれないと、思ったこと。
普段、目の前の仕事に追われていると、忘れそうになってしまう気持ちがあります。
けれど今回の撮影は、そんな原点のような思いを、あらためて思い出させてくれる時間になりました。
実際の放送時間は、ほんの数分かもしれません。
それでも、mizutori下駄の背景にある、私たちの日々の一部分を、少しでも感じていただけたらと思います。
中部エリアでの放送となりますが、もしご覧いただける地域の方がいらっしゃいましたら、見ていただけたら嬉しいです。
〈番組情報〉
番組名:NHK名古屋「ウイークエンド中部」 内コーナー「世界のお宝」放送予定日:2026年5月16日(土)放送時間:朝 7:30〜8:00
放送地域:愛知県・岐阜県・三重県・静岡県・石川県・福井県・富山県
下駄の音とともに シリーズ「mizutori」とは... 【第四十九話】
第四十九話
下駄の音とともに
下駄で歩くと、カンカン、コツコツと、木ならではの音が響きます。
この音に対する感じ方は、人それぞれかもしれません。
私自身、この音に対する印象は、これまでの人生の中で大きく変わってきました。
まだ学生の頃、少しでもmizutori下駄を広めたいという思いから、通学に下駄を履いていた時期がありました。
地下鉄を乗り継いで学校に通っていたのですが、慌ただしい時間帯に足早に駅の階段を上り下りすると、その音が構内に大きく響きます。
カンカン、コツコツと響く音に、行き交う人がふと足を止め、音の出どころを探すようにきょろきょろと視線を動かし、やがて私の足元に目が集まる。
広めるという意味では大成功だったのかもしれませんが、当時の私はそれが少し恥ずかしくて、なるべく顔を隠すようにして、下を向いて歩いていました。
周りの同級生は、流行りの厚底靴やハイヒールのサンダルを履いている中で、下駄は明らかに異質な存在でした。
それでも、mizutoriを知ってもらえたらと思い、自分にできることとして履き続けていました。
今となっては、懐かしく笑える思い出です。
それから長い時間が経ち、今では、下駄が一番しっくりくる履物になりました。
どうしても履けない場面以外は、ほとんど毎日履いています。
気づけばもう、人生の半分以上をこの音の中で過ごしています。
そしていつのまにか、この下駄の音は、心地よいものへと変わっていました。
歩くたびに響くコツコツとした音に、どこか安心するような感覚さえあります。
今では、遠くから聞こえる足音で、mizutoriの下駄かどうかがなんとなく分かるようになっています。
音に対する感覚もまた、履いていく中で育っていくものなのかもしれません。
数年前、息子がまだ幼稚園くらいの頃のことです。
スーパーや街中で、少し目を離した隙にどこかへ行ってしまうことがありました。
けれど、彼が歩き始めた頃からずっと下駄を履かせていたので、遠くから聞こえる足音を頼りに、居場所を見つけることができました。
カンカン、コツコツと響く音が、息子の居場所を教えてくれる。
そんなふうに、思いがけないところで役に立つこともあるのだと、そのとき初めて気づきました。
かつては少し恥ずかしいと感じていた音が、今では心地よく、自分の中で安心できる音になっています。
下駄の音は、ただ響くだけのものではなく、その人の時間や記憶とともに、日々の風景に色を足してくれるものなのかもしれません。
足元から生まれる音とともに、これからも思い出を重ねていけたらと思います。
履き心地は育っていくもの シリーズ「mizutori」とは... 【第四十八話】
第四十八話
履き心地は育っていくもの
店頭で下駄をお試しいただいているご様子に接していると、履物の心地よさは、一言では表しきれないものだと感じることがあります。
足の形は人それぞれで、同じものはひとつとしてありません。
だからこそ、一定のかたちでつくられている履物が、本当の意味で心地よくなっていくのは、履いていく時間の中で少しずつ育まれていくものなのかもしれません。
実際に店頭では、履いた瞬間に「気持ちいいですね」と笑顔になられる方がとても多くいらっしゃいます。その嬉しそうなお姿を拝見していると、こちらまで少しほっとするような、そんな気持ちになります。
木の台の安定感や、鼻緒のやわらかさ、足をのせたときの自然な感覚。
そうしたものが重なって、最初の一歩から心地よさがすっと伝わるのだと思います。
けれど、その履き心地は、そこで終わるものではありません。
以前、下駄をご購入いただいたお客様が、しばらくしてからふらっとお店に立ち寄ってくださいました。
「最初もよかったんですが、履いているうちに、だんだん自分の足に合ってきた気がするんです」
そう話してくださったのが、とても印象に残っています。
履き始めたときの心地よさと、履き続ける中で深まっていく感覚。
その両方があってこそ、下駄の履き心地なのかもしれません。
はじめのうちは少し意識していた足の動きも、履いていくうちに自然と馴染んでいきます。
鼻緒のあたり方や、足裏に伝わる感覚も、少しずつ変わっていきます。
気がつくと、無理なく歩けるようになっている。
そしていつのまにか、一番楽な履物として毎日のように選ぶようになっている。
そんな変化に、あとから気づくこともあります。
天板の木も、履いていくうちに少しずつ自身の足裏のかたちに馴染み、鼻緒も足の動きに合わせてやわらかくなっていきます。
そして何より、履く人自身の感覚もまた、少しずつ下駄に合っていくのだと思います。
最初に感じた心地よさが、時間とともに少しずつ深まっていく。
指で鼻緒をはさみ、足で木地を持ち上げて足全体を使って歩く。
そうした歩き方があたりまえに、自分のものになっていく。
その過程も含めて、下駄の履き心地なのではないか。そんなふうに思います。
履き心地とは、つくり手がすべて決めるものではなく、履く人とともに育っていくもの。
私たちは、そのきっかけとなる一足を、これからも丁寧に届けていきたいと思っています。
本藍染めの鼻緒 ―クラフト工房La Manoとの出会い― シリーズ「mizutori」とは... 【第四十七話】
第四十七話
本藍染めの鼻緒 ―クラフト工房La Manoとの出会い―
今回は、mizutoriでも人気のある、本藍染めの鼻緒の下駄について、その誕生の背景をお伝えしたいと思います。
この生地を染めてくださっているのが、クラフト工房La Manoさんです。
クラフト工房La Manoさんは、1992年に、一般就労が困難な方々が生き生きと働ける場として設立された工房です。
東京都町田市の、緑に囲まれた場所にあり、自然豊かな環境の中で、天然素材を使った染めや手織り、アトリエでの制作活動を中心に日々ものづくりに取り組まれています。
ときには散歩をしたり、畑を耕したり、染料となる植物を採取したり。
そんな時間の積み重ねの中から、ひとつひとつの作品が生まれています。
はじめて訪れたとき、そこはこれまでに見てきたどの工房とも違う、どこか空気のやわらかさを感じる場所でした。
古民家を活かした空間には風が通り、周囲には緑が広がっています。
一歩足を踏み入れた瞬間、素直に「心地いい」と感じたことをよく覚えています。
そこでは、さまざまな特性を持つ方々が、それぞれのペースで、いきいきとものづくりに向き合っていました。
こうした環境の中で才能が開花し、作品展を開催されたり、アート作品として発表・販売されるなど、自分自身の表現を広げていかれる方もいらっしゃいます。
その姿に触れたとき、これまでの自分の見方が、どこか狭いものだったのではないかと気づかされました。
誰にでも可能性があること。そして、アートやクラフトを楽しむ自由があること。
LaManoさんの活動は、そうした当たり前のことを、あらためて教えてくれるものでした。
こういった場所があることを、もっと多くの方に知っていただけたらと思いました。
そんな思いから、素材を通じたコラボレーションが始まりました。
mizutoriで使用しているのは、本格的な藍染めによる手ぬぐいです。
一枚一枚、手作業で染められた生地は、色の濃さやにじみ方、その表情が少しずつ異なります。
けれどその違いこそが、手仕事ならではの味わいとなり、一足ごとに個性を与えてくれます。
心地よい環境の中で、それぞれの個性を活かしながら生まれた藍染めの布。
それがmizutoriの下駄と重なり、新しいかたちとなりました。
足元から伝わるその風合いが、履いてくださる皆さまの日々の暮らしの中にも、ささやかな心地よさを運んでくれたら嬉しく思います。
出会いによって、ものづくりは広がっていく。
そんな実感を、この取り組みを通してあらためて感じています。
創作下駄 ―発想をかたちにする― シリーズ「mizutori」とは... 【第四十六話】
第四十六話
創作下駄 ―発想をかたちにする―
mizutoriでは、社内での商品開発だけでなく、さまざまなデザインを具現化する取り組みも行ってきました。
そのひとつに、地元で開催されている「夢デザインコンテスト」があります。
子どもたちが静岡の地場産業の中から業種を選び、「あったらいいな」と思う商品を自由にデザインする企画です。
私たちもこれまでに、下駄を選んでくれたお子さんのデザインを実際にかたちにしてきました。
そこには、大人には思いつかないような、自由でのびやかな発想が詰まっています。
そして時に、「はっ」と気づかされるような視点に出会うこともあります。
例えば、剣道を習っているお子さんが考えてくれたのは、道場へ通うときに履くための下駄でした。
帰り道は暗くなることが多いからと、鼻緒に反射材を取り入れたデザインです。
日常の中で感じていることが、そのまま自然に形になっていることに、思わず感心させられました。
また、デザインを学ぶ学生さんからは、下駄と地下足袋を組み合わせたような新しい履物の提案もありました。
細かな花柄の彫りや、生地の配色まで丁寧に描き込まれたそのデザインは、具現化するには多くの試行錯誤が必要でしたが、とても印象的な一足に仕上がりました。
こうした取り組みでは、普段のものづくりとは少し違った向き合い方になります。
効率や量産性、履き心地のバランスといった通常であれば大切にしている基準をいったん脇に置き、まずはその発想をそのまま形にすることに向き合います。
ひとつひとつのパーツを丁寧に作り、時間をかけて仕上げていく。
その過程は決して簡単ではありませんが、普段とは違う思考を使いながらひたすら具現化に向き合う時間は、私たちにとっても新鮮です。
子どもたちの発想は、自由であると同時に、暮らしの中にしっかりと根ざしています。
だからこそ、そこにはこれからの地場産業にとってのヒントや可能性が数多く含まれているのだと思います。
地場産業は、長い時間をかけて受け継がれてきたものです。
けれど今、職人の減少などによって、その多くが存続の岐路に立たされています。
そうした中で、こうした取り組みを通じて子どもたちが地場産業に興味を持ち、その魅力に触れてくれることは、これから先を考えるうえで、とても大きな意味を持つのではないでしょうか。
自由な発想が、新しい視点を生み、次の時代へとつながっていく。
その小さなきっかけが、未来の地場産業を支える力になっていくことを、私たちは願っています。
こどもと下駄 シリーズ「mizutori」とは... 【第四十五話】
第四十五話
こどもと下駄
下駄をつくっている環境にいることもあり、我が子や姪は、幼稚園に入る頃には自然と下駄を履くようになっていました。
周りの大人が当たり前のように履いているのを見ていたからか、はじめてでも迷うことなく、親指と人差し指で鼻緒を挟み、すんなりと歩き出していたのが印象に残っています。
店頭に立っていると、お子さんに下駄を履かせてみたいとご家族で来店される方もいらっしゃいます。
木の履物に触れさせたいという想いや、足の使い方を大切にしたいという考えから、関心を持たれている方も増えているように感じます。
ただ一方で、足の指を開くこと自体に慣れておらず、どう動かしてよいか分からない様子のお子さんに出会うこともあります。
足指がうまく開かず、ぎゅっと握ったままの状態では、鼻緒を挟むこと自体が難しくなります。
そのまま何とか履かせようと、無理に指を広げて下駄に入れようとすると、かえって違和感や不安が強くなり、「履きたくない」という気持ちにつながってしまうこともあります。
こどもは、大人の姿をよく見ていますから、無理に教え込まなくても、日々の中で大人が下駄を履いていれば自然と履き方を覚えていきます。
そして一度、下駄で歩くことに慣れると、多くのお子さんは、自分から進んで下駄を選ぶようになります。
玄関に並んでいる履物の中でも、さっと履いて出かけられる手軽さ。肌に触れる天然木のやさしい感触や、走り出したときの軽やかな音。
そうしたものが、こどもにとっての楽しさにつながっているのかもしれません。
中には、下駄台が薄くなるまで履き続けてくださったり、サイズアウトのタイミングでメンテナンスをして、弟や妹に譲ってあげたりと、本当に下駄を好きになって履いてくれるお子さんが多いと感じます。
小さい頃の足の使い方は、日々の積み重ねの中で少しずつ身についていくものだと感じています。
こどもの履物は、成長を考えて実寸より大きめを選ぶ方が多いかと思います。それでも脱げないように甲のベルトで固定すれば、違和感なく履けてしまうため、一見問題はないようにも感じます。
けれどその一方で、足指が浮いた状態のままで歩いていたり、指をあまり使わない歩き方が習慣になってしまうこともあるでしょう。
だからこそ、幼稚園や学校に下駄を履いていくことは難しくても、休日のようなゆったりとした時間の中で、足の裏や指先の感覚に目を向ける機会を持つことは、歩き方を見直すひとつのきっかけになるのではないでしょうか。
下駄は、足の指を使いながら歩く履物です。
無理のない範囲で取り入れていただくことで、普段とは少し違った歩き方に心地よさを感じたり、足の指や筋力を使う感覚に気づいていくこともあります。
成長の途中にあるこどもたちにとっても、そしてもちろん大人にとっても、足元に意識を向けた歩き方をすることは、日々の中での小さな変化につながっていくように思います。
履物を選ぶとき、見た目や軽さだけでなく、どのように歩くかという視点を少し加えてみる。
そんなとき、mizutoriの下駄がそっと寄り添う存在になれば嬉しいです。
ものづくりを支えるもの シリーズ「mizutori」とは... 【第四十四話】
第四十四話ものづくりを支えるもの
10年以上前のことになりますが、あるご愛用者さまから、とても印象に残るお写真をいただいたことがあります。
それは、つまみ細工で華やかにデコレーションされた下駄でした。
当時、私たちも鼻緒にスタッズやアクセサリーパーツをあしらうなど、アレンジの楽しみ方をご紹介していましたが、
その作品は、そうした提案をはるかに超える技術と完成度で、スタッフ一同、思わず息をのんだことを覚えています。
さらにその数か月後、この方は下駄の木地そのものを削り出し、木地も鼻緒もすべてご自身の手で仕上げた一足の写真も送ってくださいました。
それを見たときの驚きは、言葉では言い表せないほどでした。
私たちは日々、商品開発のためにさまざまなデザインを考えています。
けれど、考えが行き詰まったとき、ふとこのご愛用者さまのことを思い出すことがあります。
写真から伝わってきたのは、ものづくりに向かう強い熱量と、「つくることが好きだ」というまっすぐな想いでした。
それに触れたとき、あらためて気づかされるのです。
何かを生み出すことは、難しく考えすぎるものではなく、本来は、もっと自由で、もっと楽しいものなのではないかと。
「誰かに喜んでもらいたい」という気持ちももちろん大切です。
けれどその前に、自分自身が心から楽しんで、ものづくりが好きであること。
そういう想いがこもったものは、自然と人の心に届いていくのだと思います。
好きという熱意で生まれたものを、好きだと感じて手に取ってくださる方がいる。その想いが人から人へと伝染していく。
そうやって少しずつ広がりの輪が結ばれてきたことが、今のmizutoriを形づくっているのかもしれません。
mizutoriを好きだと思ってくださる方々の存在に、支えられてここまで歩んでくることができました。
そのことを忘れては、新しい何かを生み出すことはできません。
思い起こせば、これまでも皆さまと一緒にものづくりをしてきました。
何気なくかけていただいた言葉がヒントとなって新しい企画が生まれたり、ご相談いただいたことがきっかけで新しいサービスが生まれたり。
ご愛用者さまから届くお写真やメッセージは、私たちにとって、ものづくりを続けていくための大きな力になっています。
時には厳しいご意見をいただくこともありますが、それもまた、次へと進むための大切な気づきになります。
これからも、皆さまの声に耳を傾けながら、作り手としての熱量をもってものづくりと向き合っていきたいと思っています。
もしよろしければ、皆さまがmizutori下駄について思うことや、下駄でのお出かけエピソードなど、ちょっとしたことでもお気軽にお聞かせください。
完成された履物、下駄 シリーズ「mizutori」とは... 【第四十三話】
第四十三話完成された履物、下駄 私たちは日々、新しい商品の開発にも取り組んでいます。 最初にmizutori下駄の第一号「げた物語」が誕生してから、すでに30年以上が経ちました。 その間にも、さまざまな商品を生み出してきました。 「げた物語」のあとには、お客様の声から生まれたヒール下駄「hitete4.5」「hitete6.5」。 婦人靴のようにヒールを高くした下駄は、これまでにない歩きやすさがあり、木製サンダルとして日常に取り入れていただける、モダンな魅力のある一足になりました。 履き心地という点だけで言えば、「hitete」が最も優れているのではないかと、今でも感じています。 その後も、「SHIKIBU」「茶人」「BLADE」「COLOR GETA」など、下駄という枠の中でさまざまな表現に挑戦してきました。 もちろん、どの開発においても妥協することなく、こだわりをもって向き合ってきました。 「もっとこうできるのではないか」「新しい形を生み出せないか」 そんな思いで試行錯誤を重ねてきたのです。 あれこれとアイデアを出していく中で、最後にたどり着くのは、いつも同じ考えでした。 木の台座と、鼻緒、これ以上に必要なものはないのではないか。 それは、とてもシンプルな昔からある下駄のかたちです。 長い年月の中で受け継がれてきたその構造は、驚くほど無駄がなく、よくできていると感じます。 足をのせ、鼻緒を軽く挟むだけで、自然と歩ける。 特別な工夫を意識しなくても、履物として成立している。 その完成度の高さに、あらためて気づかされることがあります。 もちろん、現代の暮らしの中で履くには、そのままでは少し難しい部分もありました。 不慣れだと足が痛くなりやすいこと。洋服などに合わせると少し浮いてしまうこと。 mizutoriでは、そうした点に向き合いながら、天板の彫りや鼻緒のつくり、和洋どちらにも合うデザインなど、細かな調整を重ねてきました。 足にやさしく馴染むこと。無理なく歩けること。 そうした履き心地を追い求めながら、少しずつ今のかたちへと整えてきたのです。 そうして辿り着いた今の下駄は、大きく何かを変えたというよりも、本来のかたちを活かしながら、必要な部分だけを整えたものだと感じています。 だからこそ、これ以上、無理に形を変える必要はないのではないか。 そんなふうにも思うようになりました。 もちろん、mizutoriにはチャレンジ精神があります。 このシンプルな下駄という履物が、今よりも更に日常の中で自然に履かれていくためのアイデアがあれば、これからも挑戦していきたいと思っています。...













