日本を離れる前に、もう一度。  シリーズ「mizutori」とは... 【第六十話】

日本を離れる前に、もう一度。  シリーズ「mizutori」とは... 【第六十話】

第六十話 日本を離れる前に、もう一度。 このところ、専務が静岡の浅間神社近くに開いているお店(縁JOY)にも外国人観光客のご来店が増えています。 このお店でもmizutoriの下駄を取り扱っているのですが、海外のお客様を接客していると、反応がとても率直で面白いです。 mizutoriの下駄を見て、 「No.」 とはっきりおっしゃる方もいれば、 履いてみた瞬間、 「Wow! Beautiful!」 「Amazing!」 と目を輝かせる方もいます。 そんな素直な反応に、私たちも日々たくさんのことを教えていただいています。 その中でも最近、忘れられないスイスのご夫婦との出会いがありました。 奥様がショーウィンドウの下駄の前で足を止められ、 そのまま店内へ入って来られました。 扉を開け、店内いっぱいに並ぶ下駄を前に、 ぱっと表情が明るくなり、 目をキラキラとさせているのが、離れていても伝わってきました。 「どれがいいと思う?」 そう言って奥様は、店内を見渡しながらご主人に話しかけていらっしゃいました。 やがて、 私にも、 そして、たまたま店内にいらしたお客様にも、 気さくに尋ねていらっしゃいました。 「私は普段、ピンク系の服が多いの。」 「だったら、こっちの方が合うかしら。」 鏡の前で履き比べながら、何足も手に取っては楽しそうに悩まれています。 すると、 いつの間にか店内のお客様も自然と会話に加わり、...
暑い夏を涼しく乗りきる履物とは?  シリーズ「mizutori」とは... 【第五十九話】

暑い夏を涼しく乗りきる履物とは?  シリーズ「mizutori」とは... 【第五十九話】

第五十九話 暑い夏を涼しく乗りきる履物とは? 先日、 朝の情報番組で、暑い季節におすすめのサンダル特集を放送していました。 梅雨も明け、本格的に暑くなってくると、やはり足もとにも、できるだけ涼しく軽やかに感じられる履物を選びたくなります。 サンダル特集では、 蒸れにくいもの。 軽いもの。 立ったままサッと履けるもの。 足を休ませるリカバリーサンダルまで。 さまざまな商品が紹介されていて、同じ履物をつくる者として、とても興味深く見ていました。 どの商品にも、それぞれの工夫があり、 「なるほど。」 と思うことばかりでした。 そんな特集を見ながら、 実は心の中で、 「下駄も仲間に入れてほしかったな。」 と思っていました。 もちろん、下駄は一般的に皆さんがイメージするサンダルとは違うかもしれません。 けれど、サンダルという言葉が日本で広く使われるようになる、ずっと昔から、 日常の履物として、人々の暮らしの中にあって、 蒸し暑い日本の夏も、快適に過ごせるよう、足もとを支えてくれていました。 番組で紹介されていたサンダルの魅力を聞くたびに、 「下駄にも、共通する心地よさがあるんだけどな。」 そんなことを何度も思っていました。 足全体を覆わないので、蒸れずに快適。 鼻緒だけで支えるので、足指をしっかり使って歩ける。 疲れたら、ほんの少し鼻緒から足を抜いて、足を休ませながら履くこともできます。 そして、立ったまま手を使わずに、簡単に脱ぎ履きができる。 デザインも多種多様。...
下駄の魅力は「脱ぎやすさ」⁉ ―私が下駄を選ぶ理由―  シリーズ「mizutori」とは... 【第五十八話】

下駄の魅力は「脱ぎやすさ」⁉ ―私が下駄を選ぶ理由―  シリーズ「mizutori」とは... 【第五十八話】

第五十八話 下駄の魅力は「脱ぎやすさ」⁉ ―私が下駄を選ぶ理由― 7月に入り、いよいよ夏本番。 花火大会や夏祭り、旅行や帰省など、夏のお出かけが楽しい季節になりました。 一年の中でも、下駄が一番活躍する季節です。とはいえ私自身は、夏に限らず、一年の大半を下駄で過ごしています。 「やっぱり下駄屋さんだからですね。」 とよく言われるのですが、今日はその少し意外な理由をお話ししたいと思います。 履き物屋に生まれ育っておきながら、 実は私、 できることなら、何も履きたくないと思っているんです。 それくらい、足が窮屈なのが大嫌いなんです。 よほど寒くなければ、靴下さえ履きたくありません。 幅広の足なので、靴選びにはいつも苦労してきました。 お洒落な靴やサンダルを履くと、指同士がぎゅっと押されて、マメができたり、足がしびれたり。 巻き爪に悩まされた時期もありました。 そんな私にとって、下駄はうってつけの履物です。 足指を自由に動かせて、風も通る。 長時間履いていても、窮屈さを感じにくい。 だから一年中、自然と下駄を選んでしまいます。けれど正直に言うと、 その下駄からも、時々足を解放したくなることがあります。 そんな時に思うのです。 やっぱり下駄って、いい履物だなあと。 なぜなら、 すぐに脱げるからです。 これまで、 歩き方や履き心地、鼻緒のこと、コーディネートなど、 下駄を履いて歩くことについてたくさんお話ししてきました。 でも実は、 私が一番好きなのは、歩きやすさ以上に、...
言葉の中に残る下駄  シリーズ「mizutori」とは... 【第五十七話】

言葉の中に残る下駄  シリーズ「mizutori」とは... 【第五十七話】

第五十七話 言葉の中に残る下駄   「下駄を預ける」 「下駄を履かせる」 「勝負は下駄を履くまで分からない」 「高下駄を履く」 こんな言葉を、一度は耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。 では、 「下駄の雪」 「下駄の歯で旅をする」 この二つの意味はご存じでしょうか。 実は、日本語には下駄にまつわる言葉や慣用句がたくさん残っています。 それだけ昔の日本では、下駄が暮らしの中で身近な存在だったということなのでしょう。 まず、 「下駄を預ける」。 これは、物事を相手に一任すること。 下駄を預けてしまえば、自分では自由に動けません。 そこから、安心してすべてを任せるという意味で使われるようになったと言われています。 次に、 「下駄を履かせる」。 これは、数字や評価を少し上乗せすること。 下駄を履けば、実際より背が高く見えます。 そこから、実際より良く見せたり、多く見せたりする意味になりました。 「高下駄を履く」 という言葉もあります。 昔の高下駄は、普通の下駄より歯が高く、履けば自然と目線も高くなります。 そこから、実力以上に自分を大きく見せたり、実際以上に立派に見せたりすることを表すようになりました。 そして、 「勝負は下駄を履くまで分からない」。...
もう手に入らない一本歯下駄 シリーズ「mizutori」とは... 【第五十六話】

もう手に入らない一本歯下駄 シリーズ「mizutori」とは... 【第五十六話】

第五十六話 もう手に入らない一本歯下駄 先日、下駄を履いてみたいというお客様が店頭にいらっしゃいました。 その方が思い描いていたのは、漫画「ゲゲゲの鬼太郎」が履いているような昔ながらの二枚歯下駄です。 けれどお話を伺うと、足に少し悩みをお持ちでした。 土踏まずと呼ばれる足裏のアーチがほとんどなく、歩いているとすぐに足裏が痛くなってしまうそうです。 アーチには、歩行時の衝撃を吸収したり、体重を分散したりする役割があります。 そのため、シューズに比べてかたい木製の履物である下駄は、きっと履けないだろうと半ば諦めていらっしゃいました。 それでも、 「mizutoriなら履けるかもしれない」 そんな期待を持って、足を運んでくださったのです。 まずは、mizutoriの「げた物語」や「茶人」に足を入れていただきました。 けれど残念ながら、すぐに足裏が痛くなってしまいました。 しばらく試していただきましたが、痛みは変わりません。 下駄への憧れはあるけれど、やはり自分の足には難しいのかもしれない。 そんな空気になっていました。 その方は昔ながらの歯のある下駄がお好きだということでした。 そこで、 「せっかくですから、試しに履いてみますか」 と、たまたま夫が私物として持っていた一本歯下駄をお見せしました。販売している商品ではありません。 ただ、一本歯下駄は竹馬に乗っているような感覚のある、面白い履物です。 私自身もこの一本歯下駄を履いた時の、何とも言えないユニークな感覚が忘れられず、ぜひお客様にも試していただきたいと思ったのです。 その方は興味深そうに足を入れ、ゆっくり歩き始めました。 すると、 「これは足裏が痛くないです」 と、嬉しそうにおっしゃったのです。 そして、 「もし同じものがあれば欲しいです」 とおっしゃいました。 そこで私は、その一本歯下駄を購入したお店の情報を改めてご連絡することにしました。...
温故知新 ―試作の山は宝の山?― シリーズ「mizutori」とは... 【第五十五話】

温故知新 ―試作の山は宝の山?― シリーズ「mizutori」とは... 【第五十五話】

第五十五話 温故知新 ―試作の山は宝の山?― 工場には、たくさんの試作品があります。 新しい商品を考えるたびに、試作品をつくります。 鼻緒の色を変えたり、形を変えたり、素材を変えたり。 一度で思い通りのものができることは、ほとんどありません。 少し変えては試し、また少し変えては試す。 そんなことを繰り返しながら、商品は形になっていきます。そして商品になるものもあれば、商品にならないまま終わるものもあります。 そのため工場には、試作品や型紙が少しずつ増え続けています。 正直に言うと、置き場所には困っています。 「もう使わないなら捨てればいいのでは」 と思われるかもしれません。 けれど私たちにとって、試作品は簡単に捨てられるものではありません。 なぜなら、それらはmizutoriが積み重ねてきた歴史であり財産だからです。 何十年も前につくった台を引っ張り出してきて、 新しい商品のヒントにすることもあります。 昔の配色から学ぶこともありますし、技術的な工夫が参考になることもあります。 今考えていることを、実は何年も前に誰かが試していた。 そんなことも珍しくありません。そして過去をたどると、 「なぜ商品化しなかったのか」 という理由が見えてきます。 当時は時代が早すぎたのかもしれません。 材料がなかったのかもしれません。 技術的に難しかったのかもしれません。 あるいは、その時は必要とされなかっただけで、今なら形にできることもあります。 過去を知ることで、今やるべきことが見えてくることがあります。 だから昔から、 「試作品と型紙は必ず残しておけ」 と言われてきました。 実際に工場には、ずいぶん前につくられた試作品や型紙が今もたくさん残っています。...
下駄で「神経衰弱」⁉ シリーズ「mizutori」とは... 【第五十四話】

下駄で「神経衰弱」⁉ シリーズ「mizutori」とは... 【第五十四話】

第五十四話 下駄で「神経衰弱」⁉ 工場に木地が届くと、mizutoriではちょっとした「神経衰弱」が始まります。 mizutoriの下駄やスリッパには、マホガニーや静岡県産ひのきなど、天然の木を使っています。 天然木なので、ひとつとして同じ木目はありません。 お店やウェブサイトで商品をご覧いただいた時、木目をじっくり見る方はそれほど多くないかもしれません。 けれど私たちのものづくりには、実は隠れたこだわりがあります。 それは、左右の木地の柄をそろえて、一足のペアにすることです。 木地が届くと、まずはじっと目を凝らして、左右でぴたりと木目が重なる相方を探します。 まるで神経衰弱です。 同じ柄同士が見つかったら、離れ離れにならないように番号を振ってセットにします。 その中には、どうしてもぴったりの相手が見つからない木地もあります。 そんな時は、無理やり他と組み合わせたりしません。 一旦保留にして、また次の検品で届く木地の中から、運命の相手が現れるのを待ちます。 実はこの柄合わせ、「two piece」という、つま先とかかとの二枚の木板をつないだ商品では、さらに大変です。 左右を揃えるだけではありません。 同じ足の、つま先とかかとの木目まで、自然につながるよう揃えています。 一足の中にある木板は、全部で四枚。 そのすべての木目が、美しく調和するように組み合わせています。 私たちのものづくりは、多くの工程を職人たちがつなぐ分業制です。 途中で外注さんへ送り、加工をお願いすることもあります。 もちろん、離れ離れにならないよう番号を振って送り出します。 けれど時には、何かの手違いで、パートナーが入れ替わって戻ってくることもあります。 お客様が気づかれない部分かもしれません。 けれど、そこはmizutoriのこだわりです。 戻ってきたものは、製造ラインへ回す前にもう一度確認します。 もしズレていたら、再び正しい相方を見つけて組み直します。 効率だけを考えるなら、届いた順に左右を組み合わせた方が、ずっと早く作れます。 相方を待ったり、もう一度探し直したり。...
私と工場 シリーズ「mizutori」とは... 【第五十三話】

私と工場 シリーズ「mizutori」とは... 【第五十三話】

第五十三話 私と工場 小さい頃、工場は私の遊び場でした。 当時はまだ、今のように下駄ではなく、サンダルやシューズの中底をつくっていた時代です。 工場の中には、「ボール」と呼ばれる畳二畳分ほどある厚紙のような材料が、あちこちに積み上げられていました。 高さもさまざまで、その上によじ登ったり、高いところから低いところへ飛び移ったり。 今思えば危なかったと思いますが、当時の私にとっては、最高のアスレチックでした。 ↑:姪っ子たちが小さかったころ、会社探検をしているところ 工場には、サンダルの底ゴムを削る機械もありました。 そのゴムの削り粉を集めては、通路の土を掘り、ビニールを敷いて水をため、その上に削り粉を浮かべて、落とし穴を作ったり。 工場の庭にはたくさん植木もあったので、木の実や葉っぱを採ってきて、石で潰しながら漢方薬屋ごっこをしたり。 周りにあるものすべてが、遊びになっていました。 そんな環境で育ってきたので、遊びながらも自然と、工場の中で行われている仕事を見ていたのだと思います。 少し大きくなった頃には、簡単な仕事を頼まれることもありましたが、子どもながらにやるべきことがわかっていた気がします。 きっと遊びの延長線上に、仕事があったのだと思います。 今の私なら、子どもが材料の上を飛び回っていたら、間違いなく怒ると思います。 「危ないからやめなさい!」 と100%言うでしょう。 それに、材料とはいえお客様に渡るものですから、その上に乗って遊ぶなんてありえません。 もちろん、当時も注意はされていましたが、働いていたおじさんやおばさんも、「絶対に遊ぶな」という強い感じではなく、どこか見守ってくれているような雰囲気がありました。 きっと昭和の時代だからこその、おおらかな空気だったのかもしれません。 ↑:工場で働いてくださっていたスタッフさん 家族みんなで力を合わせて家業をしていくことも、当たり前の時代でした。 子どもだって、手が足りなければ仕事を頼まれます。 配達にもついていって、荷下ろしを手伝うこともありました。 そしてそのご褒美として、帰り道にある屋台のラーメンを食べさせてもらえるのが、何よりの楽しみでした。 時代も変わり、工場も変わり、働く人も、そして私も変わりました。 工場も一部リフォームされ、庭の植木も以前より減り、子どもの頃の景色とは少しずつ変わっています。 それでも、子どもの頃に感じていたあの家業ならではの空気感は、今もどこかに残っている気がします。 ↑:先代と当時飼っていたコタロウ@旧事務所前...
mizutoriの職人 —よっちゃん— シリーズ「mizutori」とは... 【第五十二話】

mizutoriの職人 —よっちゃん— シリーズ「mizutori」とは... 【第五十二話】

第五十二話  mizutoriの職人 —よっちゃん— mizutoriには、「よっちゃん」というベテランの職人がいます。 今年83歳。 けれど工場では、彼の年齢を意識することはほとんどありません。 時短勤務になってからも、気づけば定位置に座っていて、段取りよくシャキシャキ手を動かしている。 私のかなり古い記憶の中にも、よっちゃんはいます。 先代社長の友人でもあるので、私が生まれる前からずっと身近にいた存在です。 もともと靴業界にいて、履物づくりに携わって60年以上。 下駄づくりの世界に入ってからも、数十年になります。 父と年齢も近く、尊敬する履物づくりの大先輩です。 偶然にも、私と誕生日・血液型が同じということもあり、私にとっては気の置けない相談相手でもあります。 これまでのmizutoriの商品開発では、よっちゃんがいなければ生まれなかった商品がいくつもあります。 主に担当しているのは、しずおか産ひのきを使った商品です。 人気の「ひのきのはきもの」や「two piece」も、よっちゃんがいたからこそ形にすることができた商品です。 同じ履物といっても、下駄とスリッパではまったく別のものです。 しかもプロのデザイナーと組んで商品をつくるとなると、細かな条件もたくさんありました。 履き心地も大切にしながら、デザインも成立させる。 時には、「本当にできるのだろうか」と思うような、無理難題に感じる依頼もあります。 そんな時、私たちを支えてくれるのが、よっちゃんの圧倒的な経験と知識でした。 そしてもうひとつ、 よっちゃんには工場内の誰にも負けない探求心があります。 答えが見つかるまで、考えることをやめません。 何かお願いすると、 「いやだ」 「もうわかんねぇ、無理」 と、一度は必ず渋る素振りを見せます。 けれど、その言葉とは裏腹に、たいてい頭の中ではすでに次の方法を探し始めています。...
もし下駄屋に生まれていなかったら シリーズ「mizutori」とは... 【第五十一話】

もし下駄屋に生まれていなかったら シリーズ「mizutori」とは... 【第五十一話】

第五十一話 もし下駄屋に生まれていなかったら 地場産業である履物工場に生まれ、ずっとこの仕事を見て育ち、今では三代目という立場になりました。 けれど時々、ふと不思議に思うことがあります。 もし自分がまったく違う環境で生まれ育っていたとしても、私は日常で下駄を履いていただろうか、と。 そもそも私は、下駄を履くことが特別ではない環境で育ちました。 家族が履いていて、工場があって、その風景がずっと身近にありました。 だからきっと、なんの躊躇も疑問もなく、下駄を履いてきたのだと思います。 (写真は水鳥工業2代目の父_足元は「茶人」) 代々、心地よい履物づくりにこだわってきたこともあり、mizutori下駄の心地よさをもっと多くの方に知っていただきたいという思いも、気づけば自然と自分の中にありました。 けれどもし、まったく違う人生だったら。 履物に、ここまでこだわりを持っただろうか。 下駄に、ここまで興味を持っただろうか。 これは今の自分には、きっと分からないことです。 ただ、だからこそ考えることがあります。 もし下駄に対する思いがゼロ、いや、もっと言えば、人生の中で「下駄」を考えたことすらない方なら、どういう経緯で興味を持つことになるのだろうか、と。 出会う機会がなければ、きっと、一生mizutoriに辿り着くことはないでしょう。 それは、百貨店の催事かもしれませんし、SNSで偶然見かけることかもしれません。 誰かからの紹介かもしれませんし、それぞれに違った出会いの瞬間があるはずです。 実際にご購入いただいた方が、どんなきっかけで出会い、どんな思いで購入されたかを教えてくださることがあります。 その中で驚いたのが、旅先で偶然、mizutoriを履いている方を見かけて、「あれはどこの下駄だろう」と気になり、探してくださった方がいたことでした。 そんな出会い方もあるんだ、と嬉しさを超えて感激しました。 そしてもうひとつ、興味深いと感じることがあります。 最初に出会ってから、すぐに購入ではなく、数年越しに選んでくださる方がとても多いことです。 「2〜3年悩みました」 という方もいれば、 「10年前から気になっていて、やっと今年買えました」 という方もいらっしゃいます。 こうしたお話を聞くたび、下駄は一般的にはまだ、特別な履物なのだと感じます。 その距離を少しずつ近づけていくことが、もっと日常に寄り添うための鍵なのかもしれません。...
mizutoriをつなぐ夫婦の話 シリーズ「mizutori」とは... 【第五十話】

mizutoriをつなぐ夫婦の話 シリーズ「mizutori」とは... 【第五十話】

第五十話 mizutoriをつなぐ夫婦の話 先日、5月16日放送予定のNHK「ウイークエンド中部」の撮影をしていただく機会がありました。 これまで、テレビやラジオの出演は、専務である夫のジョナタンか、広報担当のスタッフが対応していました。 その理由はとても単純で、社長である私は、極度のあがり症だからです。 さらに言えば、自分の中の全盛期からかなり増量してしまったこともあり、誰が見るか分からないテレビに、今の自分を映す勇気がなかなか持てませんでした。 今回の取材テーマは、夫が母国から持ってきた「宝物」についてのお話でした。 一見、私が出る場面はなさそうだったのですが、夫が日本へ来た理由をたどっていくと、どうしても結婚や、下駄工場を継ぐ話につながります。 そんな流れもあり、今回は夫婦そろって取材を受けることになりました。 生放送ではありませんが、やはり撮影は緊張します。 夫が出演しているだけでも、どこか保護者のような気持ちでそわそわしてしまうのに、自分も一緒となれば、もう何を話したのかよく分からなくなるほどでした。 けれど、インタビューを受けながら昔のことを振り返っているうちに、少しずつ緊張がほどけていきました。 「ああ、そんなこともあったな」 と、懐かしく思い出す時間でもありました。 三代目として下駄工場を継ぐことを決めた私のために、すべてを置いて日本へ来てくれたこと。 はじめてmizutoriの下駄を履いた夫が、そのフィット感に感動し、「このまま走り回れそうだね」と言ってくれたこと。 そしてその時、夫と一緒なら、この下駄を世界中に広げていけるかもしれないと、思ったこと。 普段、目の前の仕事に追われていると、忘れそうになってしまう気持ちがあります。 けれど今回の撮影は、そんな原点のような思いを、あらためて思い出させてくれる時間になりました。 実際の放送時間は、ほんの数分かもしれません。 それでも、mizutori下駄の背景にある、私たちの日々の一部分を、少しでも感じていただけたらと思います。 中部エリアでの放送となりますが、もしご覧いただける地域の方がいらっしゃいましたら、見ていただけたら嬉しいです。 〈番組情報〉 番組名:NHK名古屋「ウイークエンド中部」    内コーナー「世界のお宝」放送予定日:2026年5月16日(土)放送時間:朝 7:30〜8:00 放送地域:愛知県・岐阜県・三重県・静岡県・石川県・福井県・富山県
下駄の音とともに シリーズ「mizutori」とは... 【第四十九話】

下駄の音とともに シリーズ「mizutori」とは... 【第四十九話】

第四十九話 下駄の音とともに 下駄で歩くと、カンカン、コツコツと、木ならではの音が響きます。 この音に対する感じ方は、人それぞれかもしれません。 私自身、この音に対する印象は、これまでの人生の中で大きく変わってきました。 まだ学生の頃、少しでもmizutori下駄を広めたいという思いから、通学に下駄を履いていた時期がありました。 地下鉄を乗り継いで学校に通っていたのですが、慌ただしい時間帯に足早に駅の階段を上り下りすると、その音が構内に大きく響きます。 カンカン、コツコツと響く音に、行き交う人がふと足を止め、音の出どころを探すようにきょろきょろと視線を動かし、やがて私の足元に目が集まる。 広めるという意味では大成功だったのかもしれませんが、当時の私はそれが少し恥ずかしくて、なるべく顔を隠すようにして、下を向いて歩いていました。 周りの同級生は、流行りの厚底靴やハイヒールのサンダルを履いている中で、下駄は明らかに異質な存在でした。 それでも、mizutoriを知ってもらえたらと思い、自分にできることとして履き続けていました。 今となっては、懐かしく笑える思い出です。 それから長い時間が経ち、今では、下駄が一番しっくりくる履物になりました。 どうしても履けない場面以外は、ほとんど毎日履いています。 気づけばもう、人生の半分以上をこの音の中で過ごしています。 そしていつのまにか、この下駄の音は、心地よいものへと変わっていました。 歩くたびに響くコツコツとした音に、どこか安心するような感覚さえあります。 今では、遠くから聞こえる足音で、mizutoriの下駄かどうかがなんとなく分かるようになっています。 音に対する感覚もまた、履いていく中で育っていくものなのかもしれません。 数年前、息子がまだ幼稚園くらいの頃のことです。 スーパーや街中で、少し目を離した隙にどこかへ行ってしまうことがありました。 けれど、彼が歩き始めた頃からずっと下駄を履かせていたので、遠くから聞こえる足音を頼りに、居場所を見つけることができました。 カンカン、コツコツと響く音が、息子の居場所を教えてくれる。 そんなふうに、思いがけないところで役に立つこともあるのだと、そのとき初めて気づきました。 かつては少し恥ずかしいと感じていた音が、今では心地よく、自分の中で安心できる音になっています。 下駄の音は、ただ響くだけのものではなく、その人の時間や記憶とともに、日々の風景に色を足してくれるものなのかもしれません。 足元から生まれる音とともに、これからも思い出を重ねていけたらと思います。