シリーズ「mizutori」とは... 【第四十二話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第四十二話】

第四十二話下駄という相棒   長く履き続けた下駄は、気がつくと足にぴったりと馴染んだ「相棒」のような存在になります。 修理のために mizutoriへお送りいただいた下駄を拝見すると、その「相棒」と過ごした時間の長さがすぐに伝わってきます。 天板の木はやわらかなツヤを帯び、底は少しずつ削れ、ところどころに小さな傷もあります。 それはきっと、その下駄と一緒に歩いてきた軌跡なのだと思います。 中には、「こんなに汚れてしまって…」と、少し恥ずかしそうに下駄を預けられる方もいらっしゃいます。 けれど私たちにとっては、それはとても嬉しいことです。 それだけ長く、mizutoriの下駄を気に入って履いてくださっていたという証だからです。 そして、傷ついて汚れてもなお、「直してまた履きたい」と思ってくださったことにも、ありがたい気持ちでいっぱいになります。 ですから私たちは、できる限りそのお気持ちに応えたいと思っています。 どんなに時間がかかっても、もう一度履ける状態に戻せるよう、丁寧に修理に取り組みます。 もちろん、木地が大きく削れてしまい、安全に履くことが難しい場合には、修理ができないことをお伝えしなければなりません。 長く履いてきた下駄とのお別れは、やはり少し寂しいものです。 足に馴染んだ履物は、まさに相棒のような存在だからです。 けれどそれは新しい相棒に出会える機会でもあります。 多くの方は、別れと同時にまた一緒に歩いていける新たな一足を見つけていかれます。 自然素材を使った手づくりの下駄ですから、最初から前の相棒とまったく同じ履き心地になるわけではありません。 けれど不思議なことに、履き続けていくうちに、それぞれの足に少しずつしっくりと馴染んでいきます。 そうしてまた、新しい相棒となって、日々の時間を一緒に歩いていくのです。 mizutoriの下駄は、修理をしながら長く履いていただくことができます。 ただ、その修理にもひとつ大切なことがあります。 それは、タイミングです。 傷みが進みすぎる前に手入れをすることで、下駄はぐっと長持ちします。 底ゴムの交換時期に気づく方法として、足音に耳を傾けてみるのもよいでしょう。 ゴムが薄くなったり剥がれたりすると、木が直接地面に当たるため、いつもと違う音がします。 普段は気にならないのに、「今日はなんだか足音が違うな」と感じたときは、下駄の裏を確認してみてください。 お客様の中には、二足、三足とうまくローテーションしながら履いていらっしゃる方もいます。 そうすることで一足に傷みが集中せず、より長く履くことができます。...
シリーズ「mizutori」とは... 【第四十一話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第四十一話】

第四十一話下駄のある風景をつくる 縁側に腰掛ける人の足元。商店街で買い物をする人たちの足元。どの家の玄関にも、当たり前のように下駄が並んでいる。ほんの少し前の日本には、そんな風景が日々の暮らしの中にありました。 ドラマや映画を見ていると、時代劇だけでなく、昭和の中頃までを舞台にした作品にも、下駄を履いている人々が登場します。下駄は特別な履物ではなく、日常の中にある、身近な履物でした。カランコロンという音。木の履物が道を打つ、あの軽やかな響き。そんな生活の音が、今よりもずっと近くにあった時代に、どこか憧れのようなものを感じます。もちろん、流れる時代に逆らうことはできません。何でも手に入り、時間を短縮することが良しとされ、AIが人の仕事を担うような時代になりました。一般の人でも容易にあらゆる情報を入手でき、確実に便利な世の中になっています。それでも時々、人々の暮らしの音や温度から少し遠くなってしまった日常を、つまらなく感じることがあります。残念ながら、今では下駄は少し珍しい存在になっています。 店頭に立っていると、「下駄って、いつ履けばいいんですか?」とご質問をいただくことも少なくありません。日本人の履物の中で、下駄はすでに日常の履物ではなく、どこか特別なものとして位置づけられているように感じます。もちろん、すべての方にとってそうだとは言い切れません。けれど、そもそも下駄を持っていない、履こうと思ったこともないという方は、かなり多いのではないでしょうか。それでも、路地や通りを歩く人々の足元に、下駄の姿がまったく見られなくなってしまったとしたら、日本の風景として、どこか物足りなく感じてしまいます。 『下駄のない世の中』になったとしても、きっと困ることはないでしょう。けれど、寂しい。そう感じるのは、下駄に携わる私たちだけではないと思います。下駄のある風景は、日本人にとってどこか原点に戻るような安心感のあるものなのかもしれません。下駄を懐かしく思うことのない世代の方、全く違う文化を生きてきた海外の方が、ファッションとして下駄を取り入れる。そういうことでもかまわないのです。2000年以上前から日本に存在してきた履物。その下駄を未来へ残していくこと。日本の風景から下駄を消さないこと。それが、私たちが下駄を作り続けている理由のひとつになっているのだと思います。 そして、もしこれから、何気ない日常のワンシーンで、下駄を履く姿が少しずつ増えていくのだとしたら。ノスタルジーとして懐かしむのではなく、今の時代の中でつないでいく。そんな風景を、みなさんと一緒にまたつくっていけたら嬉しいです。   次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第四十話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第四十話】

第四十話モントリオールへの配達 下駄をご注文いただくと、通常は配送業者に託して皆さまの元へお届けしています。 これは、どこの会社でも同じだと思います。 けれど一度だけ、特別な配達をしたことがあります。 今日は、そんな「お届け」にまつわる、忘れられないエピソードを。 ありがたいことに、mizutoriには海外にもご愛用者さまがいらっしゃいます。 ある日、カナダにお住まいの女性から、「とても気に入って履いているので、またオーダーしたいのですが…」というご連絡をいただきました。 海の向こうから届くそのような言葉は、作り手である私たちにとっての励みであり、本当にうれしいものです。 その方は、カナダ・ケベック州モントリオールの美術館にお勤めとのことでした。 ちょうどその頃、弊社専務が家族とともにカナダへ帰省する予定がありました。専務はケベック出身です。 「国際郵便で送るより、直接届けたほうが早いかもしれないね。」 専務の発したその言葉を、最初は冗談だと思って聞いていました。けれど専務の表情を見て、すぐに本気の提案だと分かりました。 前代未聞の発想です。 正直に言えば、本当に大丈夫だろうかという思いもありました。 距離のこと。時間のこと。ご迷惑にならないだろうかということ。 少し迷いました。 けれどそれでも、迷ったら楽しそうな方を選ぶ。 気づけば、気持ちは直接お届けする方に傾いていました。 こうした部分が、私たちらしさなのかもしれません。 こうして、“モントリオールへの配達”が決まりました。 とはいえ、カナダは広大です。 同じケベック州とはいっても、日本の感覚で「じゃあお届けに行きます」と軽く言える距離ではありません。 本当にたどり着けるのだろうか。 直接お届けすることを決めたはずなのに、日が近づくにつれ、少しずつ不安を感じ始めました。 実際、専務の実家とモントリオールはかなり離れていました。 それでも幸いなことに、空港から美術館まではそれほど遠くなく、大きなトラブルもなく到着することができました。 目の前に現れたのは、想像以上に立派な美術館。 「下駄の配達です」と言って、気軽に入ってよいものか、緊張しながら入り口の扉を開けました。 事情を説明すると、スタッフの方が丁寧に取り次いでくださり、無事にご依頼のお客様へとつないでくださいました。 現れたのは、とてもスタイリッシュな女性。...
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十九話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十九話】

第三十九話100歳の自分へ ― 生涯、歩き続けるための履物 ― 店頭でmizutoriの下駄を手に取られた方が、 試すことなく、 そのまま棚へお戻しになることがあります。   「少し重いですね」   そうお感じになり、 試すのをためらわれることがあるのです。   感じ方はそれぞれ違いますので、 仕方のないことかもしれません。   ただ、作り手にとって、 一番お伝えしたい魅力をまだお見せできていないような、 少しもどかしい瞬間でもあります。   mizutoriの下駄は、 見た目や手にした印象だけではなく、 足を入れて歩いたときに、 はじめて本来の良さが伝わる履物です。   足をのせる天板は、 足裏のカーブに沿うように、 ゆるやかに彫り込んでいます。   さらに、 少し太めに設計された鼻緒が、...
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十八話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十八話】

第三十八話つい、声をかけたくなる瞬間 街を歩いていると、 ときどき、mizutoriの下駄を履いている方を 見かけることがあります。   そんな時、 つい、声をかけたくなってしまいます。   実際に、 声をかけてしまったことも、 何度もあります。   たいていは、少し驚かれます。 でも、地元・静岡では、 そのあと履き心地の話になったり、 どこで買ってくださったのかを教えていただいたり、 和やかな会話になることが多く、 とても嬉しい時間になります。 一度、東京・日本橋のコンビニで、 <ひのきのはきもの>を履いている方を 見かけたことがありました。   20代くらいの男性で、 とてもお洒落に履いてくださっていて、 思わず嬉しくなりました。   お会計のあと、 思い切って声をかけたのですが—— その方は、後ずさりされるほど 驚かれてしまいました。...
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十七話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十七話】

第三十七話mizutoriのアイデンティティとは? 今さらながら、 迷うことがあります。   mizutoriとして、 何を大切にし続けるのか。   そして、 お客様は、 mizutoriに何を求めてくださっているのか…。   ものづくりにおける材料価格は、 年々確実に上がり続けています。 下駄づくりに関わるものも、 例外ではありません。 mizutoriでも、 価格改定を考えざるを得ない状況が、 現実として見えてきています。   それでも、 できる限り、 これまでと同じ価格で お届けできないか。   現場でも、 机の上でも、 その方法を探し続けています。  その一方で、 既存の商品とは別に、 もう少し手に取っていただきやすい価格帯の...
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十六話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十六話】

第三十六話なんでカナダ人が下駄を売っているの? 百貨店の催物会場で、 お客様が、ふと足を止める。   視線の先には、 静岡で作られた、mizutoriの下駄。 そして、そのそばで販売しているのは——外国人。   首をかしげて、 「……え?」という表情。   「なんで静岡の下駄を、 外国人が売っているの?」   そんな光景を、 mizutoriの催事では ときどき目にすることがあります。   その「外国人」の正体は、実はmizutoriの専務。 カナダのケベック州出身で、 母国語はフランス語。英語も流暢に話します。 水鳥工業3代目との結婚のために 日本へ来たのは、 40歳を過ぎてからでした。   来日当初は、 日本語をほとんど話せませんでした。 語学学校にも通いましたが、 10代、20代の学生に混ざって学ぶなかで、 若い頃とは違う...
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十五話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十五話】

第三十五話淘汰されなかった履物 この世の中は、驚くほどの便利さで満たされています。 履物ひとつとっても、軽くて疲れにくいものが、選びきれないほどあります。 それでも今日まで、下駄はなくなりませんでした。 一般的に下駄というと、通勤にはまず使えないし、音はするし、クッション性もありません。履くには、ほんの少し慣れも必要です。 それなのに、下駄は、今も誰かに選ばれています。 なぜ、淘汰されなかったのだろう。 工場で下駄と向き合いながら、ふとそんなふうに考えることがあります。 文化だから、という理由もあるかもしれません。下駄は、日本の暮らしの中で長く使われてきた履物です。祭りや行事、和装や晴れの日の装いと結びつき、「日本らしさ」の象徴として語られることもあります。 健康に良い、という声もよく耳にします。足指を使う、姿勢が整う、体幹が鍛えられる。そういう考え方も、理由のひとつになるかと思います。 お洒落として、という見方もあるでしょう。洋服に合わせることで新鮮さが生まれたり、足元に少し個性を出せたり。 どれも、その通りだと思います。 けれど、それだけでは説明しきれない“何か”があるようにも感じます。 「健康のために履いています」と最初から言われる方は、それほど多くありません。 「たまたま履いてみたら、思っていたより楽だった」「足に伝わる木の感触、歩く時の音も含めて心地よかった」 mizutoriの下駄も、そんなふうに、触れた時の感覚に導かれて選んでくださる方が多いように思います。  便利さだけで比べれば、もっと優れた履物はたくさんあります。 それでも下駄を選ぶ、その小さな選択には、数値や言葉では測れない履いた人だけに伝わる感覚があります。 下駄は、履く人の意識にやさしく働きかけます。 足の裏や指先を通して、歩くという行動そのものへ、意識が向く。 いつもと同じ道でも、足元に気持ちが戻ってくる。 もしかすると、下駄が淘汰されなかった理由は、そうした感覚に静かに働きかけてきたことにあるのかもしれません。 下駄は、「過去のもの」でも「流行のもの」でもありません。 むしろ流行にならなかったからこそ、消えなかった。 そして、「必要以上に便利にならなかった」からこそ、残ってきた履物だと思います。 木の台座と足を支える鼻緒、この上なくシンプルな必要最低限の履物。 日常的な履物としては、圧倒的に、他の便利な履物に押されています。 だからこそ、「今日はこれにしよう」と履く人自身が選択する履物になってきているのだと思います。 今日も、どこかで誰かが下駄を選んでいる。 その選択肢のひとつとして在り続けられるように、mizutoriもまた、下駄をつなぎ続けていきたいと思います。...
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十四話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十四話】

第三十四話海を越えて届くもの mizutoriには、 時々、海外からも商品についてのお問い合わせをいただきます。   現在は自社のオンラインショップで海外配送にも対応していますが、 十数年前までは、突然いただく一通のメールから、 海の向こうのお客様とのやり取りが始まりました。   『下駄が欲しい』ということだけはわかる、 翻訳機を使った少しぎこちない日本語でのメッセージ。 あるいは、自国語で書かれた文章。   私たちも翻訳機を駆使しながら、 どうにかお気持ちをくみとってこちらもぎこちない英語でご返信していました。   そうしたやり取りの中で、 海外のお客様から修理についてのお問い合わせをいただくこともありました。   日本まで送るのは大変なので、 自分で直す方法を教えてほしい、という内容です。   外国のホームセンターでも手に入りそうな道具を思い浮かべながら、 簡単な修理方法を文章でお伝えしていました。   どの方も、 直しながら大切に履き続けたい、 という想いでとても熱心に聞いてくださいました。   その想いに応えたい一心で、私たちもお返事を書いていました。  ...
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十三話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十三話】

第三十三話つくる、リズム   朝、工房に入ると、 それぞれが自分の持ち場につき、 いつもの道具を手に取ります。   すぐに作業は始められる。 けれど、冬休みの前とは、少し違う。   連休明け特有の、あの感覚。   下駄づくりも同じ。 力の加減や、 間の取り方を確かめながら、 手が、少しずつ 仕事のリズムに戻っていきます。   長期の休みが明けると、 体を元のテンポに戻すまでに、 どうしても少し時間がかかります。 頭では分かっていても、 手や体は正直で、 無理をすれば、そのズレは仕上がりに表れてしまいます。   下駄づくりは、 丁寧さとスピード感の、 どちらも欠かせない仕事です。   丁寧に向き合うことは大切です。 けれど、丁寧すぎることで...
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十二話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十二話】

第三十二話晴れの日の足元に   新しい年が始まりました。お正月ムードから少しずつ日常へと戻っていくなかで、この一年をどんな歩みで重ねていくのか、そんなことを思いながら、mizutoriの2026年がスタートしています。 今年も「よみもの」を通して、履物ひとつひとつに宿る温もりと物語を、静かに、そして確かにお届けしていけたらと思います。   年が明けてまもなく、姪が母校で行われた「二十歳の集い」に出席しました。 二十歳を祝う節目の日。母親から譲り受けた艶やかな晴れ着に身を包み、友人たちと再会できる、大切な一日です。 準備を進めるなかで、彼女がいちばん気にしていたのは「当日、ちゃんと歩けるかどうか」でした。 姪は、ヨチヨチ歩きができるようになった頃からmizutoriの下駄を履いて育ちました。成長に合わせてサイズを変えながら、日常のなかで、自然と下駄に親しんできた一人です。 だからこそ、履き慣れない貸衣装の草履で足が痛くなってしまわないか、早く疲れてしまわないか、少し心配している様子でした。 卒業後、それぞれの道を進んでいる友人たちと、晴れ着で神社へお参りをし、街を歩き、写真を撮り、久しぶりの再会を思いきり楽しみたい。 その大切な一日だからこそ、履き心地に不安のない履物を選びたい。そう考えて、姪自身が選んだのがmizutoriの下駄でした。 本来、和装のフォーマルな場では、金襴などが施された、かかとが5㎝程の草履が一般的です。木製の下駄は音が鳴ることもあり、どちらかといえばカジュアルな履物とされています。 そうした考え方もあるため、こちらからあえてmizutoriの下駄を勧めることはしませんでした。それでも、晴れの日の足元として選んでもらえたことは、正直、とても嬉しい出来事でした。 当日。姪は、ピンクの着物に合わせて選んだ桜柄の鼻緒の塗り下駄を履いて出かけていきました。 写真に写る笑顔は、終始自然なまま。足元を気にする様子はなく、歩き、話し、笑い、特別な一日を心から楽しめたようです。 あとで聞くと、友人のなかには履き慣れない草履で足が痛くなってしまった人もいたそうですが、姪は一日中、足元のことはまったく気にならなかったのだとか。 それどころか、下駄の履き心地を熱心に説明し、宣伝までしてくれたそうで……本当によく育ちました(笑)。 大切な人と過ごす、かけがえのない時間。その時間を、足の痛みを気にせず、安心して楽しんでもらえたこと。 履物をつくる私たちにとって、これほど嬉しいことはありません。 履物には、格やしきたりがあります。それを大切にする気持ちも、もちろん大事です。そのうえで、晴れの日の履物の選択肢のひとつとしてmizutoriの下駄がある。そんなふうに知っていただけたらと思います。 今回、姪が選んだのは既存の一足でしたが、お時間をいただければ、晴れ着に合わせたオリジナルの下駄をお作りすることもできます。 晴れの日の足元に、安心と楽しさを添える存在として。 もし、これから迎える節目の日の足元について少し考えてみたくなったら、mizutoriの下駄をのぞいてみてください。 また、「こんな装いに合う一足はあるだろうか」「オーダーで作ることはできるだろうか」そんなご相談も、どうぞお気軽にお寄せください。 新しい年もまた、一歩一歩皆さまの時間に寄り添う一足を、丁寧にお届けしていきたいと思います。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第三十一話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第三十一話】

第三十ー話「一年の終わりに寄せて」——つないでくれた時間に、そっと感謝を   2025年も残りわずかとなりました。 新しい一年の足音を感じながら、この一年をふと振り返っています。   今年から始めたこの「mizutoriとは…」という小さな読み物。 手探りのスタートでしたが、毎週のように文章と向き合うなかで、 私たち自身があらためて “水鳥工業とはどんな会社なのか” “mizutoriとはどんなブランドなのか”を見つめ直す時間となりました。   下駄のこと。 木のこと。 ものづくりのこと。 そして、そこに関わってきた無数の人の想いのこと。   文章を書くたびに、 家族、社員、お客様、職人さん、地域の方々── これまで水鳥工業を支え、つなげてくださったすべての人の存在を、 より深く、温かく感じるようになりました。   先代が亡くなって一年。 山あり谷ありの中で会社を守り、バトンを引き継いでくれたことへの感謝が これまで以上に胸に沁みる一年でもありました。   私たちはこれからも、まずは “100年企業” をめざして。 お客様の暮らしにそっと寄り添う履物づくりを続けながら、 日本の履物文化を未来へつなぐ活動に、...