シリーズ「mizutori」とは... 【第二十八話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第二十八話】

第二十七話2026年 新柄決定!─ 新しい鼻緒柄が生まれるまで 下駄と向き合う毎日のなかで、 一年のうちもっとも悩む時期があります。 それは、「来年の鼻緒」を決めるとき。   mizutoriの下駄には、100種類を超えるバリエーションがありますが、 そのうち毎年15~20種類ほどは、新しい柄へ入れ替えています。 貴重な生地は材料がなくなると同時に販売終了となることも多く、 個性的なデザインは1年限定で挑戦してみることもあります。   次の一年をともに歩む鼻緒を選ぶ作業は、 毎回、果てしのない旅のようです。   ■膨大な布の中から“たったひとつ”を選ぶということ   お客様から 「どれがいいか迷ってしまいます」 とよく言われますが──   実はその前段階で、 作り手の私たちも同じように、 いえ、それ以上に迷っています。   なぜなら、鼻緒の候補となる生地は膨大で、 一つひとつが魅力的だからです。   選ぶときの基準はいくつかあります。  ...
シリーズ「mizutori」とは... 【第二十七話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第二十七話】

第二十七話「冬に、下駄を履くということ」— 下駄屋の葛藤と、これからの可能性 冬が近づくと、足もとは自然とあたたかさを求める季節になります。厚手の靴下、しっかりしたブーツ、ふわふわのルームシューズ——下駄には木の心地よさがあり、足裏に伝わる木のぬくもりが好きだと言ってくださる方も多いのですが、やはり冬の冷え込みを考えると、素直におすすめしづらい時期でもあります。  mizutoriでも、冬に下駄を楽しんでもらえる方法を、長いあいだ模索してきました。実は過去に、冬仕様の下駄づくりへいくつもの挑戦をしてきたことがあります。ひとつは、木地にしっとりとしたスエードを合わせたサボタイプの冬下駄。冬の装いに自然に溶け込む一足として、静かな人気がありました。  そしてもうひとつが、足を入れた瞬間の包み込まれるフィット感とあたたかさを併せ持つふかふかのムートンをたっぷり使ったサボタイプ。履いた方の満足度は非常に高く、「これなら冬でもmizutoriが履ける」とのお声も多くいただきました。その他にも、鼻緒をニットで編んだり、天板に保温性のあるクッションを貼ったり、フェイクファーを使って見た目にもあたたかさを感じられる工夫をしたり、思い浮かぶままに、いろいろな試作を繰り返してきました。しかし——冬はあたたかいブーツや防寒性の高い靴が数多くある季節。どんなに工夫を重ねても、“冬に下駄を選ぶ” という方は圧倒的に少ないという現実があり、これらのモデルはラインナップに残ることはありませんでした。それでも、冬に心地よく履ける下駄づくりをあきらめたわけではありません。木の温もりは、季節を問わず足もとにやさしいもの。そして、冬だからこそ感じられる木製品のあたたかな魅力も確かにあります。 ふと、考えることがあります。 もし、冬に下駄を楽しむ新しい形があるとしたら—— どんな一足が生まれるのでしょうか。   たとえば——  ・足をすっぽり包む、あたたかなデザイン ・靴下と合わせやすい、冬専用のフォルム ・家の中で履ける“冬の室内下駄” ・ムートンモデルを、もっと進化させた復刻版 ・木を使わなくても“木を感じる” まったく新しい発想の履物 など……  そんな、まだ形のない可能性が、mizutoriの未来のどこかに静かに眠っている気がしています。答えは、まだはっきり見えていません。けれど、mizutoriの下駄や履物を愛してくださる皆さまそれぞれが心のどこかでふと浮かべる「こんな冬下駄があったらいいな」という小さな期待が、未来への灯りをそっとともしてくれるように思うのです。  mizutoriはこれからも、季節とともに歩みながら、木の履物の新しい可能性を静かに探し続けていきます。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第二十六話】

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第二十六話贈る、というぬくもり — 歩みをともにする贈り物 年の瀬が近づくと、クリスマスやお歳暮、お年賀など、 大切な人への贈り物を考える機会が自然と増えていきます。   mizutoriの履物を贈られるお客様の中には、 「これからの歩みを健やかに」「新しい暮らしを心地よく」 という想いを添えて選ばれる方が多くいらっしゃいます。   古くから日本では、履物は“円満”や“調和”の象徴とされてきました。 左右がそろって初めて一足として成り立つ姿が、 二人が寄り添い、共に歩む姿と重なるからです。   また「一年のはじまりに新しい履物をおろすと無病息災につながる」 といった暮らしに根づいた風習も各地に残っています。 履物は、人の「歩む」という営みを支えるものとして、 古くから節目や祈りと深く結びついてきたのです。   mizutoriの下駄や室内履きは、 そうした日本の生活文化を、今の暮らしにそっと受け継いでいます。   結婚祝い、新築祝い、還暦(60歳)、古希(70歳)など── 人生の節目を迎える方へ贈られることが多いのも、 履物が持つ“歩み”の象徴が自然と喜ばれるからなのでしょう。   還暦には「赤」、古希には「紫」。 これは長寿を祝う色として古来より親しまれてきたもので、 赤には「生命の再生」「新しいはじまり」、 紫には「気品」「徳を重ねた年齢を敬う」という意味が込められています。  ...
シリーズ「mizutori」とは... 【第二十五話】

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第二十五話木に触れるということ ——自然のぬくもりを、日々の暮らしの中で 冬の朝、空気の冷たさに少し身をすくめながら、ふと木の家具や床に触れると、どこかほっとした気持ちになることがあります。 木に触れるときの、あのやわらかな感触。それは、自然の中で暮らしていたころの人の記憶に響く“安心”なのかもしれません。 mizutoriの履物づくりは、そんな“木の心地よさ”を暮らしの中にそっと息づかせることを大切にしています。 足裏で木の質感を感じ、自然のぬくもりとともに過ごす時間。それは、忙しい暮らしの中でふと立ち止まるような、静かなやすらぎのひとときです。 木は、見た目や香りだけでなく、触れたときの“温かさ”にも特別な力があります。 研究によると、木材の表面に触れると心拍数や血圧が穏やかに下がり、体も心もリラックスする傾向があるそうです。 また、木は熱を伝えにくいため、冬でも“ひやり”とせず、ほんのりと温かく感じられます。そうした自然の性質が、mizutoriの履物がもたらす心地よさの一部になっています。木目の模様や光沢、ひとつとして同じもののない表情にも、不思議な力があります。 人は自然の中にある“ゆらぎ”に安らぎを感じるといわれます。だからこそ、木の履物に足を入れるたび、どこか落ち着いた気持ちになるのかもしれません。 mizutoriの下駄や室内履きは、そうした木の特性を活かしながら、現代の暮らしに寄り添う形に進化を続けています。履き心地のよさ、デザインの美しさ、そして何より、自然とともにある感覚を大切に。手に取った瞬間に伝わる“木のあたたかさ”。それは、季節を問わず人の心に寄り添う、mizutoriのものづくりの原点です。 足もとから、自然と調和するやさしい時間を。木のぬくもりが宿るmizutoriの履物は、自分をいたわる時間にも、誰かを想う贈りものにも、そっと寄り添います。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第二十四話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第二十四話】

第二十四話“つくる手”を未来へ――mizutoriのものづくりを支える人たち mizutoriの下駄づくりは、ひとつの工場の中だけで完結するものではありません。木工加工・塗装・鼻緒加工・底材加工——それぞれの専門職が携わる“分業の文化”によって支えられています。 それぞれの現場には、長年の経験で培われた技と勘が息づき、見えないところでひとつの製品を形づくっています。 けれど今、その“手”が少しずつ減っています。技を継ぐ人がいない。教えたいと思っても、生活の基盤が整わなければ続けていくことが難しい。 そんな現実の中で、mizutoriもものづくりの未来に向き合っています。 私たちが大切にしているのは、ただ製品をつくることではありません。下駄という文化を今の暮らしにつなげていくこと——。そのためには、つくる人が安心して働ける環境を守る必要があります。 たとえば、量産品との違いをきちんと伝えること。mizutoriでは、積極的なコラボレーションやこうした発信を通じて、手間を惜しまないものづくりの魅力を知ってもらう活動を続けています。 そして、手間に見合った適正な価格で販売を続けていくこと。それは、つくる人たちの誇りを守ることでもあります。 実際の製造現場は、華やかさとは無縁です。どうすれば品質を保ちながら、より効率的に進められるか——日々、試行錯誤を重ねる地道な仕事です。 それでも、自分の手で商品を生み出し、誰かの暮らしに寄り添うものをつくる。その確かな手応えが、この仕事の何よりのやりがいです。 mizutoriでも、次の世代の“つくり手”を迎える準備が急がれています。決して楽な仕事ではありません。ですが、探求心を持ち、ものづくりの苦労すらも楽しめる方にこそ、この世界に飛び込んでほしいと願っています。 自分たちの一つひとつの行動が、地域産業を支えているという誇り。その想いが、今のmizutoriを、そして日本のものづくり文化を支えています。 商品の背景にある物語や文化に価値を感じてくださる方がいるかぎり、mizutoriは、この日本のものづくりを静かに、丁寧につないでいきます。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第二十三話】

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第二十三話mizutori下駄との付き合い方2「直す・楽しむ」 mizutoriの下駄は、「壊れにくさ」ではなく「長く付き合い続けられること」を大切にしています。木だからこそ傷も欠けも生まれますが、それを前提に“直して履く”道筋を用意してきました。   ■修理に込めたもの mizutoriでは、履き慣れた一足を手放さずに使い続けられるよう、鼻緒のすげ替え、底ゴムの張り替え、台の補修などの修理メニューをご用意しています。工場には全国から修理品が届き、それぞれの想いがつまった一足をまた履ける状態へと整えることは、私たちにとっても大きな喜びです。 ひとことで修理と言っても、一足ごとに状態も履き方も異なるため、慎重な作業が欠かせません。そのため、お戻しまでに数か月のお時間をいただいています。また、状態によっては新品と大きく変わらない費用がかかることもあります。それでも「直して履きたい」とお預けくださる方が多く、私たちの励みにもなっています。 とはいえ、やはり金額や期間の長さに修理を迷われる方もいらっしゃるのも事実です。   ■“自分で直す”という新しい選択 そうした背景から現在、ご自宅でもできる簡単な修理方法を動画でご紹介できないかと考えています。ホームセンターなど身近で手に入る道具を使えば、「かかとのゴムが減った」「細かいキズが目立ってきた」「ぶつけて少し欠けた」といったトラブルをご自身で解決することが可能になります。 自分で手入れをすることで、より気軽に履き続けられるだけでなく、その一手間が更なる愛着につながります。「直せる安心感」は、日常に履きものを迎える上で大きな支えになります。   ■“直す”から“魅力に変える”へ さらに将来的には“元の状態に近づける修理”に加えて、「キズや欠けを新たな魅力に変えるアレンジ修理」にも取り組んでいきたいと考えています。木の風合いを活かした塗り直しや、あえてデザインとして補修する方法など、キズ跡そのものを歴史や個性として楽しめる提案です。 木は使うほど表情が変わる素材です。完璧な姿を保つことよりも、変化していくことを前提に寄り添えるほうが自然です。   ■職人に任せたい方へ もちろん、従来どおり工場での修理受付も行っています。「自分では難しそう」「大事な一足だから職人に任せたい」という方は、どうぞ安心してご相談ください。   mizutoriの下駄は、履き捨てるものではありません。   木だからこそ、履く人とともに変化し、その変化を受け止める術をあらかじめ用意しておく。 「直して履く」という選択肢があることで、暮らしの一部として迎えていただける——私たちは、そんな存在でありたいと願っています。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第二十二話】

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第二十二話下駄との付き合い方1「選ぶ・育てる」 mizutoriの下駄は「壊れたら終わり」の使い捨てではありません。mizutoriでは、“変化を楽しみながら履き続けられる存在”として、素材・構造・メンテナンスまで含めたものづくりをしています。   ■「履きながら育てる」という考え方 mizutoriの下駄には、長く大切にしていただくための工夫があります。まず重視しているのが、“素材選びと構造”です。 主材として使っているのは、下駄材としては珍しいマホガニー。チークやウォルナットと並ぶ世界三大銘木のひとつに数えられます。木目の美しさだけでなく、加工の安定性や耐久性にも優れているため、高級家具や楽器の材料としても世界的に評価されています。 ■「重さ」よりも「育つ楽しみ」 一般的な下駄材である桐や杉と比べると、確かに少し重さはあります。ただそれ以上に、長く使える丈夫さがあり、履き込むほど色が深まり、独特の光沢を帯びていく経年変化を味わえます。まさに“育てる履物”としての価値をもつ木です。 木である以上、ぶつければ傷もつきますし、欠けることもあります。それもまた「木製の履物」として自然に起こる当たり前のこと。mizutoriでは、そうした変化も前提にしています。   ■現代の暮らしに合う底づくり 舗装されたアスファルトで歩く生活に合わせて、底にはゴムを張っています。足あたりをやわらげるため、あえてクッション性のある柔らかめの素材を採用。柔らかいぶん削れやすさはありますが、靴と同じ構造で作られているため、多くの靴修理店でも張り替えが可能です。気づいたときに気軽に交換できる安心感があります。 ■「壊れない完璧な下駄」ではない mizutoriが大切にしているのは、「壊れない製品を作ること」ではありません。「起こり得る変化も含めて付き合っていけるようにすること」です。 ご愛用者様の中には、「履き込むことで生まれた光沢や、自分だけのフィット感は、たとえキズや欠けがあっても手放せない」とおっしゃる方もたくさんいます。そうした想いに応えるため、修理を前提にした設計と体制を整えています。   次回は、その修理やメンテナンスの実情、そして“直しながら履く魅力”についてご紹介します。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第二十一話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第二十一話】

第二十一話下駄は秋冬には履けないの? 販売に立っていると、お客様から「下駄って夏だけでしょ?」「寒くなってきたらどう履けばいいの?」というご質問をよくいただきます。  また、小さなお子さんにお母様が「これはお祭りの履物だよ」と伝えている姿を目にすることもあります。  mizutoriの工場がある静岡市では、山間部を除いて雪が降ることはめったにありません。そのため、足袋ソックスなどを合わせれば一年を通して下駄を履くこともできます。  私たちは日頃から下駄を履くことが多いため、「下駄は限られた場面の履物」という感覚はあまりありません。 お客様のお声を聞くたびに、「なるほど、一般的なイメージはそうなんだな」と感じます。 下駄=夏のものというイメージは現代特有のものかもしれません。では、かつて下駄が日常履きだった時代の人々は寒い季節をどのように過ごしていたのでしょうか? 実は、江戸時代から昭和初期にかけて、下駄は一年中の普段履きでした。草履やわらじと並んで、庶民の暮らしには欠かせない履物。季節ごとに靴を替えるようになったのは、近代以降のことです。 冬場には、厚手の足袋や綿入れ足袋を重ね履きして足元を温めたり、藁や布を詰めて保温性を高める工夫もされていました。足袋は、現代でいう「靴下+インナーソックス」のような存在だったのです。 さらに、下駄そのものにも冬向きの仕様がありました。い草を貼って足当たりをやわらげた「畳表下駄」、台をあぶって冷たくなりにくくした「焼下駄」、そして防水性・断熱性に優れた「漆塗り下駄」。 雪深い地域でも、漆下駄と厚手の足袋を組み合わせて冬を過ごしていたという記録も残っています。 当時は、家の中も外も温度差が今ほどなく、生活の多くが歩き中心。日常的によく体を動かして生活していたため、足先が冷えにくかったという背景もありました。 つまり、昔の人々にとって下駄は「夏の履物」ではなく、「一年中の相棒」だったのです。  昔とは環境も体質も違う現代の私たちでも、少し工夫をすれば、同じように秋冬でも下駄を楽しめます。 例えば、厚手の足袋ソックスやウール素材の靴下を合わせてみたり、落ち着いた色味のサボタイプや、艶やかな黒塗り台の下駄を選べば、秋の街にも自然に溶け込みます。 コーディネート例としては、● ニットワンピース×レギンス+ウール足袋靴下×黒塗り下駄● ざっくりセーター×デニム×ナチュラル木目の下駄● コート×もこもこルーズソックス+サボタイプなど、季節感を取り入れながら足元で遊ぶのもおすすめです。 mizutoriの下駄は木の温もりがあり、履くほどに足になじんでいきます。秋冬の柔らかい日差しや乾いた空気の中でも、自然の質感がいっそう引き立ちます。  もちろん、雪が積もる地域や極端に冷え込む場所では、無理に履くのはおすすめできません。けれど、環境が許す地域では、秋から初冬にかけての装いに日本のアイデンティティをプラスできる特別なアイテムになります。  昔の人がそうしていたように、季節を感じながら「木の履物」と暮らす心地よさを、今の生活の中でも味わっていただけたら嬉しいです。 皆さんの秋冬コーデのアイデアも、ぜひ教えてください。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第二十話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第二十話】

第二十話見せる工場、つなぐ未来。 日頃よりmizutoriの下駄をご愛顧くださっているお客様の中には、「実際に製造現場を見てみたい」とおっしゃる方が少なくありません。 ものづくりへの興味、足の悩みを職人に直接見てほしいという切実な想い、「せっかく静岡に来たから」と足を運んでくださるお気持ち――お客様の目的は本当にさまざまです。その温かいお気持ちをいただくたび、私たちは大変嬉しく、身が引き締まる思いでおりました。 一方で、長年の課題もありました。私たちの工場は、何十年も前に建てられた古い町工場。もともと来客を想定した造りではないため、お客様が来られる際には急いで片付けをし、なんとか見学スペースをご用意していました。遠方からお越しくださる方もいらっしゃる中で、十分なおもてなしができず、毎回心苦しく思っていたのです。 職人の技が伝える、ものづくりの真価 そんな中でも、ご見学いただいたお客様からは、共通した驚きの声が寄せられます。 mizutoriの工場で行うのは、履き心地の要となる“組み立て工程”。静岡のものづくりは昔から分業制のため、mizutoriの工場ではこの工程がメインです。見学はおよそ30分ほどですが、多くのお客様が「こんなに丁寧に手作業でつくられているなんて!」「完成品だけでは見えない、努力やこだわりがあるんですね!」と驚かれます。 時には知人を介して海外から見学に訪れる方もいらっしゃり、手作業で進む下駄づくりの様子に感動され、「自分もやってみたい」とおっしゃる方もいました。 このようなお客様の純粋な反応に触れるたび、「ものづくりの裏側をもっと多くの方に知ってもらいたい」という想いが強くなりました。それは同時に、各地で存続の危機にある伝統産業や、後継者不足に悩む小さな工場を支える一助にもなるのではないかという希望にもつながったのです。 「守るために、門をひらき、つなげる」 私たちはこの想いを形にするため、数年前に工場のリノベーションを行いました。 お客様を気持ちよく迎えられる空間を目指すとともに、本業の合間を縫って少しずつ工房体験の受け入れ準備を進めています。 近年、海外からの旅行者の中には、一般的な“観光地めぐり”より“地域の人と触れ合う体験”を求める方が増えています。そんな方々に、静岡の地場産業や日本のものづくり文化を伝えることができたら――それがmizutoriにとって、そして静岡にとっても大きな財産になると感じています。 観光と産業をしっかりとつなぎ、地域とともにものづくりを未来へつないでいく。それこそが、mizutoriらしさ、水鳥工業らしさであると思っています。   【お知らせ】2025年10月17日(金)〜19日(日)、 静岡工場博覧会「ファクハク」が開催されます。 mizutoriでは、17日(金)に鼻緒生地や試作生地の残布でつくる、アップサイクルリースのワークショップを開催予定です。 現在ご予約承り中!ぜひ下記サイトより詳細をご覧いただきご参加ください!布を結ぶだけ!鼻緒生地の残布で作る色とりどりのアップサイクルリース作り|参加企業一覧|ファクハク・静岡工場博覧会 まだ始まったばかりの取り組みで、至らぬ点もあるかもしれませんが、 ぜひ足をお運びいただき、実際に“つくる”楽しさを体感してください。 体験後には皆さまの率直なご感想をお聞かせいただけたら嬉しいです。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第十九話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第十九話】

第十九話漆塗り下駄の擬人化!? 前回お話しした会津の坂本乙造商店とのコラボ商品、mizutoriの漆下駄。実はこの漆下駄には、ちょっとユニークな“もうひとつの顔”があるんです。 それは、漆下駄の擬人化です! その名も 「水鳥ここん」。商品のカラー名(UR-01)から名付けられたキャラクターで、私たちは親しみを込めて「ここんちゃん」と呼んでいます。 「下駄屋がキャラクターを?」と驚かれる方もいるかもしれません。実はこの発想こそ、mizutoriの“新しい挑戦を楽しみたい”という気持ちから生まれたものでした。下駄という日本の履物文化に、あえて遊び心を吹き込む――そんな取り組みを通じて、多くの人に下駄の魅力を知っていただきたいと考えたのです。 学生との出会いから広がる物語 この漆下駄の擬人化プロジェクトは、宝塚大学とのご縁から始まりました。学生のみなさんと一緒に取り組むことで、私たちだけでは出会えなかった刺激や発想に触れることができました。「一緒に作り出す」ことの喜びや意義を強く感じられたのは、産学共同プロジェクトならではの収穫です。 2017年の展示会で初めてここんちゃんをお披露目したときには、「えっ、下駄にキャラが!?」と多くの方が立ち止まり、驚きながらも楽しそうにご覧くださいました。 キャラクターをきっかけにmizutoriを知り、遠方から静岡まで足を運んでくださったファンの方もいらっしゃいます。たったひとつの小さな試みが、人と人とをつなげてくれる――その手応えを実感しました。 これからの「ここんちゃん」と仲間たち とはいえ、ここんちゃんの魅力をまだ十分に活かしきれているわけではありません。 これから再び命を吹き込み、mizutoriの一員として歩んでもらえることを期待しています。 コンシェルジュとしてお客様からのご相談にお答えしたり、静岡の伝統産業である下駄の物語を届けたり。かわいらしい姿を通じて、下駄の世界をもっと身近に感じていただけるようになるはずです。  さらに、ここんちゃんには姉妹たちも含め、すでに6人の仲間たちが生まれています。今後この7人が、それぞれに個性を持ちながら活躍の場を広げてくれるでしょう。 mizutoriの下駄やブランドの物語を、キャラクターたちが代弁し、ときには物語として紡いでいく――そんな未来を思い描いています。   mizutoriが大切にしているのは、「ものづくりの中に驚きと楽しさを添えること」。 ジュエリーのような漆下駄を発表したのも、その一例です。 「下駄ってこんなに可能性があるんだ」と驚き、楽しんでいただきたい。擬人化キャラクターもまた、そうした想いの延長線上にあります。   この挑戦をともに歩んでくださった宝塚大学には、感謝の気持ちでいっぱいです。 そしてこれから、「水鳥ここん」をはじめとするmizutoriのキャラクターたちがどんな物語を紡いでいくのか、ぜひ楽しみにしていてください。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第十八話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第十八話】

第十八話漆塗り下駄の誕生 皆さんは、mizutoriの商品にジュエリーのように美しい「漆塗りの下駄」があることをご存じでしょうか?これは会津若松市にある、老舗の漆メーカー・坂本乙造商店とのコラボレーションによって生まれた、私たちにとってとても特別な一足です。今回は、その誕生秘話をお届けします。 出会い 坂本乙造商店は1900年(明治33年)に創業。漆精製から工芸品、ファッション小物まで幅広く手がけ、伝統の技を現代の暮らしに活かし続けています。 私たちが坂本さんと出会ったのは東京の展示会でした。毎年出店ブースが近く、顔を合わせるうちに自然と交流が生まれました。 展示会で目にした自社ブランド「坂本これくしょん」のアクセサリー――木を土台にした軽やかさと、漆ならではの深く輝く色合い。どれも洗練されていて、思わず手に取り見入ってしまうほどでした。 多彩なデザインと繊細な塗りの技術に、私たちはすっかり魅了され、「坂本これくしょん」の大ファンになっていったのです。 憧れから共創へ そんな尊敬と憧れの気持ちが大きくなるにつれ、「mizutoriの下駄にも、この美しい漆を施していただけたら…」という想いが胸に芽生えました。 けれど、それを口に出すことはなかなかできませんでした。どう思われるだろう、断られてしまったらどうしよう…そんな迷いや不安にとらわれながら、月日は過ぎていったのです。 それでも気持ちは年々高まり、ついに抑えきれなくなって会津を訪ねることにしました。勇気を出して胸の内をお話しすると、坂本社長は静かに「売り先のイメージはありますか?」と尋ねられました。 経営者として当然のご質問でした。けれど当時の私たちは、ただ「坂本さんと一緒にものづくりがしたい」という一心で、その先の具体的なプランを持ってはいなかったのです。 恥ずかしさと未熟さを痛感しながらも、この想いだけは伝えたい、と必死にこうお伝えしました。「とにかくお客様を驚かせたいんです。まだ誰も見たことがない、ジュエリーのような下駄を坂本さんと一緒に作りたいです。」 そんな私たちの拙さも含めて理解してくださった坂本社長は、おだやかにこう言ってくださいました。「わかったよ。mizutoriのフラッグシップになるような商品を作ろう。任せてね。」 今振り返っても、この無謀ともいえるお願いを広いお心で受け入れてくださったことには感謝しかありません。 宝石のような下駄 その後、私たちは下駄の台を会津に送り、サンプルが届く日を心待ちにしました。 そして迎えた日―― 箱を開けた瞬間、そこに現れたのは想像をはるかに超える一足でした。光の角度によって色合いが変化し、飾っておくだけでも心が弾むほど。鼻緒には蒔絵が施され、漆の奥深い美しさと匠の技が凝縮されていました。 「履くのがもったいない」と思えるほどの存在感。まさに宝石のように輝く下駄が誕生したのです。 坂本社長が「この技術はうちにしかできないから、模倣品の心配はない」と胸を張った言葉通り、唯一無二の逸品でした。 特別な一足として こうして生まれた漆塗り下駄は、単なる履物を超えて、それぞれのお客様の人生の大切な場面に寄り添う存在となりました。舞台に立つ方にとっては、光を浴びて輝くステージ衣装の一部に。宿泊施設では、客室に置かれるだけで空間の品格を高める装飾品に。ある方にとっては、大切な人への一生に一度の贈り物に。またある方にとっては、自分自身を励ますためのご褒美の一足に。その役割は一人ひとり異なりますが、それぞれのお客様にとっての、特別な存在となっています。 まるで宝石箱を開けたときのようなあの感動を、これからも多くのお客様と分かち合えることを楽しみにしています。 次回に続く
シリーズ「mizutori」とは... 【第十七話】

シリーズ「mizutori」とは... 【第十七話】

第十七話有名デザイナーとの奇跡の出会い 「Leading to new encounters(新たな出会いへと導く)」これはmizutori英語版のブランドコンセプトです。その言葉を象徴する出来事が、20年以上前にありました。 当時、先代社長は東京の百貨店で夏恒例の実演販売を行っていました。ある日、mizutoriの売場に一人の女性が立ち止まり、じっと商品を見つめたのち、こう声をかけてきました。「おじさん、下駄作れる?」顔を上げた先代の目に飛び込んできたのは、洗練された雰囲気のある女性。その人物は、世界的に有名なブライダルファッションデザイナーでした。 彼女の依頼は、ファッションショーでモデルが着用する特別な下駄。シックな黒塗りの台に、鼻緒は豪華な金襴の帯地を使ったものでした。ファッションの舞台とは無縁だった“下駄屋のおじさん”にとって、まさに想像を超える依頼です。 内心は驚きつつも、先代はいつもの調子で「できるよ!」と即答。こうして大役を引き受けることになり、知らせを聞いた工場は嬉しさとプレッシャーで大騒ぎになりました。送られてきた美しい帯地を前に、スタッフ一同はブライダルの華やかなドレスにふさわしい下駄を完成させようと、いつも以上に心を込めて製造に取り組みました。 特に工夫を凝らしたのは底材です。ステージでモデルが歩く際、木製履物特有の音が響いてショーの妨げにならないよう、通常よりクッション性の高い厚めのEVA素材を採用。こうして静かで快適に歩ける特別仕様の下駄が仕上がりました。 完成した下駄は、実際にファッションショーのランウェイを歩く衣装のひとつとして使用されました。 ショーには先代も招待され、mizutoriの下駄が世界的な舞台に立つ瞬間を、直接目にすることができたのです。 下駄がもたらしてくれた夢のようなご縁。この出来事は、先代にとっての自慢話のひとつであると同時に、「ご縁はどこでどう繋がるかわからない」ということを強く感じさせる象徴的なエピソードでもありました。mizutoriの下駄を作り始めてから、思いがけないご縁に何度も恵まれてきました。私たちが掲げる 「Leading to new encounters」 には、そんな実体験とともに、mizutoriを履いてお出かけになる皆さまにも、新しいご縁やワクワクする体験が訪れますように――そんな願いが込められています。次回に続く