第四十八話

履き心地は育っていくもの


店頭で下駄をお試しいただいているご様子に接していると、
履物の心地よさは、
一言では表しきれないものだと感じることがあります。

足の形は人それぞれで、
同じものはひとつとしてありません。

だからこそ、
一定のかたちでつくられている履物が、
本当の意味で心地よくなっていくのは、
履いていく時間の中で
少しずつ育まれていくものなのかもしれません。

実際に店頭では、
履いた瞬間に
「気持ちいいですね」
と笑顔になられる方がとても多くいらっしゃいます。その嬉しそうなお姿を拝見していると、
こちらまで少しほっとするような、
そんな気持ちになります。

木の台の安定感や、
鼻緒のやわらかさ、
足をのせたときの自然な感覚。

そうしたものが重なって、
最初の一歩から
心地よさがすっと伝わるのだと思います。

けれど、
その履き心地は、
そこで終わるものではありません。

以前、
下駄をご購入いただいたお客様が、
しばらくしてから
ふらっとお店に立ち寄ってくださいました。

「最初もよかったんですが、
履いているうちに、
だんだん自分の足に合ってきた気がするんです」

そう話してくださったのが、
とても印象に残っています。履き始めたときの心地よさと、
履き続ける中で深まっていく感覚。

その両方があってこそ、
下駄の履き心地なのかもしれません。

はじめのうちは少し意識していた足の動きも、
履いていくうちに
自然と馴染んでいきます。

鼻緒のあたり方や、
足裏に伝わる感覚も、
少しずつ変わっていきます。

気がつくと、
無理なく歩けるようになっている。

そしていつのまにか、
一番楽な履物として
毎日のように選ぶようになっている。

そんな変化に、
あとから気づくこともあります。

天板の木も、
履いていくうちに少しずつ
自身の足裏のかたちに馴染み、
鼻緒も足の動きに合わせて
やわらかくなっていきます。

そして何より、
履く人自身の感覚もまた、
少しずつ下駄に合っていくのだと思います。

最初に感じた心地よさが、
時間とともに
少しずつ深まっていく。

指で鼻緒をはさみ、
足で木地を持ち上げて
足全体を使って歩く。

そうした歩き方があたりまえに、
自分のものになっていく。

その過程も含めて、
下駄の履き心地なのではないか。
そんなふうに思います。

履き心地とは、
つくり手がすべて決めるものではなく、
履く人とともに育っていくもの。

私たちは、
そのきっかけとなる一足を、
これからも丁寧に届けていきたいと思っています。