mizutoriのよみもの
本藍染めの鼻緒 ―クラフト工房La Manoとの出会い― シリーズ「mizutori」とは... 【第四十七話】
第四十七話
本藍染めの鼻緒 ―クラフト工房La Manoとの出会い―
今回は、mizutoriでも人気のある、本藍染めの鼻緒の下駄について、その誕生の背景をお伝えしたいと思います。
この生地を染めてくださっているのが、クラフト工房La Manoさんです。
クラフト工房La Manoさんは、1992年に、一般就労が困難な方々が生き生きと働ける場として設立された工房です。
東京都町田市の、緑に囲まれた場所にあり、自然豊かな環境の中で、天然素材を使った染めや手織り、アトリエでの制作活動を中心に日々ものづくりに取り組まれています。
ときには散歩をしたり、畑を耕したり、染料となる植物を採取したり。
そんな時間の積み重ねの中から、ひとつひとつの作品が生まれています。
はじめて訪れたとき、そこはこれまでに見てきたどの工房とも違う、どこか空気のやわらかさを感じる場所でした。
古民家を活かした空間には風が通り、周囲には緑が広がっています。
一歩足を踏み入れた瞬間、素直に「心地いい」と感じたことをよく覚えています。
そこでは、さまざまな特性を持つ方々が、それぞれのペースで、いきいきとものづくりに向き合っていました。
こうした環境の中で才能が開花し、作品展を開催されたり、アート作品として発表・販売されるなど、自分自身の表現を広げていかれる方もいらっしゃいます。
その姿に触れたとき、これまでの自分の見方が、どこか狭いものだったのではないかと気づかされました。
誰にでも可能性があること。そして、アートやクラフトを楽しむ自由があること。
LaManoさんの活動は、そうした当たり前のことを、あらためて教えてくれるものでした。
こういった場所があることを、もっと多くの方に知っていただけたらと思いました。
そんな思いから、素材を通じたコラボレーションが始まりました。
mizutoriで使用しているのは、本格的な藍染めによる手ぬぐいです。
一枚一枚、手作業で染められた生地は、色の濃さやにじみ方、その表情が少しずつ異なります。
けれどその違いこそが、手仕事ならではの味わいとなり、一足ごとに個性を与えてくれます。
心地よい環境の中で、それぞれの個性を活かしながら生まれた藍染めの布。
それがmizutoriの下駄と重なり、新しいかたちとなりました。
足元から伝わるその風合いが、履いてくださる皆さまの日々の暮らしの中にも、ささやかな心地よさを運んでくれたら嬉しく思います。
出会いによって、ものづくりは広がっていく。
そんな実感を、この取り組みを通してあらためて感じています。
創作下駄 ―発想をかたちにする― シリーズ「mizutori」とは... 【第四十六話】
第四十六話
創作下駄 ―発想をかたちにする―
mizutoriでは、社内での商品開発だけでなく、さまざまなデザインを具現化する取り組みも行ってきました。
そのひとつに、地元で開催されている「夢デザインコンテスト」があります。
子どもたちが静岡の地場産業の中から業種を選び、「あったらいいな」と思う商品を自由にデザインする企画です。
私たちもこれまでに、下駄を選んでくれたお子さんのデザインを実際にかたちにしてきました。
そこには、大人には思いつかないような、自由でのびやかな発想が詰まっています。
そして時に、「はっ」と気づかされるような視点に出会うこともあります。
例えば、剣道を習っているお子さんが考えてくれたのは、道場へ通うときに履くための下駄でした。
帰り道は暗くなることが多いからと、鼻緒に反射材を取り入れたデザインです。
日常の中で感じていることが、そのまま自然に形になっていることに、思わず感心させられました。
また、デザインを学ぶ学生さんからは、下駄と地下足袋を組み合わせたような新しい履物の提案もありました。
細かな花柄の彫りや、生地の配色まで丁寧に描き込まれたそのデザインは、具現化するには多くの試行錯誤が必要でしたが、とても印象的な一足に仕上がりました。
こうした取り組みでは、普段のものづくりとは少し違った向き合い方になります。
効率や量産性、履き心地のバランスといった通常であれば大切にしている基準をいったん脇に置き、まずはその発想をそのまま形にすることに向き合います。
ひとつひとつのパーツを丁寧に作り、時間をかけて仕上げていく。
その過程は決して簡単ではありませんが、普段とは違う思考を使いながらひたすら具現化に向き合う時間は、私たちにとっても新鮮です。
子どもたちの発想は、自由であると同時に、暮らしの中にしっかりと根ざしています。
だからこそ、そこにはこれからの地場産業にとってのヒントや可能性が数多く含まれているのだと思います。
地場産業は、長い時間をかけて受け継がれてきたものです。
けれど今、職人の減少などによって、その多くが存続の岐路に立たされています。
そうした中で、こうした取り組みを通じて子どもたちが地場産業に興味を持ち、その魅力に触れてくれることは、これから先を考えるうえで、とても大きな意味を持つのではないでしょうか。
自由な発想が、新しい視点を生み、次の時代へとつながっていく。
その小さなきっかけが、未来の地場産業を支える力になっていくことを、私たちは願っています。
こどもと下駄 シリーズ「mizutori」とは... 【第四十五話】
第四十五話
こどもと下駄
下駄をつくっている環境にいることもあり、我が子や姪は、幼稚園に入る頃には自然と下駄を履くようになっていました。
周りの大人が当たり前のように履いているのを見ていたからか、はじめてでも迷うことなく、親指と人差し指で鼻緒を挟み、すんなりと歩き出していたのが印象に残っています。
店頭に立っていると、お子さんに下駄を履かせてみたいとご家族で来店される方もいらっしゃいます。
木の履物に触れさせたいという想いや、足の使い方を大切にしたいという考えから、関心を持たれている方も増えているように感じます。
ただ一方で、足の指を開くこと自体に慣れておらず、どう動かしてよいか分からない様子のお子さんに出会うこともあります。
足指がうまく開かず、ぎゅっと握ったままの状態では、鼻緒を挟むこと自体が難しくなります。
そのまま何とか履かせようと、無理に指を広げて下駄に入れようとすると、かえって違和感や不安が強くなり、「履きたくない」という気持ちにつながってしまうこともあります。
こどもは、大人の姿をよく見ていますから、無理に教え込まなくても、日々の中で大人が下駄を履いていれば自然と履き方を覚えていきます。
そして一度、下駄で歩くことに慣れると、多くのお子さんは、自分から進んで下駄を選ぶようになります。
玄関に並んでいる履物の中でも、さっと履いて出かけられる手軽さ。肌に触れる天然木のやさしい感触や、走り出したときの軽やかな音。
そうしたものが、こどもにとっての楽しさにつながっているのかもしれません。
中には、下駄台が薄くなるまで履き続けてくださったり、サイズアウトのタイミングでメンテナンスをして、弟や妹に譲ってあげたりと、本当に下駄を好きになって履いてくれるお子さんが多いと感じます。
小さい頃の足の使い方は、日々の積み重ねの中で少しずつ身についていくものだと感じています。
こどもの履物は、成長を考えて実寸より大きめを選ぶ方が多いかと思います。それでも脱げないように甲のベルトで固定すれば、違和感なく履けてしまうため、一見問題はないようにも感じます。
けれどその一方で、足指が浮いた状態のままで歩いていたり、指をあまり使わない歩き方が習慣になってしまうこともあるでしょう。
だからこそ、幼稚園や学校に下駄を履いていくことは難しくても、休日のようなゆったりとした時間の中で、足の裏や指先の感覚に目を向ける機会を持つことは、歩き方を見直すひとつのきっかけになるのではないでしょうか。
下駄は、足の指を使いながら歩く履物です。
無理のない範囲で取り入れていただくことで、普段とは少し違った歩き方に心地よさを感じたり、足の指や筋力を使う感覚に気づいていくこともあります。
成長の途中にあるこどもたちにとっても、そしてもちろん大人にとっても、足元に意識を向けた歩き方をすることは、日々の中での小さな変化につながっていくように思います。
履物を選ぶとき、見た目や軽さだけでなく、どのように歩くかという視点を少し加えてみる。
そんなとき、mizutoriの下駄がそっと寄り添う存在になれば嬉しいです。
ものづくりを支えるもの シリーズ「mizutori」とは... 【第四十四話】
第四十四話ものづくりを支えるもの
10年以上前のことになりますが、あるご愛用者さまから、とても印象に残るお写真をいただいたことがあります。
それは、つまみ細工で華やかにデコレーションされた下駄でした。
当時、私たちも鼻緒にスタッズやアクセサリーパーツをあしらうなど、アレンジの楽しみ方をご紹介していましたが、
その作品は、そうした提案をはるかに超える技術と完成度で、スタッフ一同、思わず息をのんだことを覚えています。
さらにその数か月後、この方は下駄の木地そのものを削り出し、木地も鼻緒もすべてご自身の手で仕上げた一足の写真も送ってくださいました。
それを見たときの驚きは、言葉では言い表せないほどでした。
私たちは日々、商品開発のためにさまざまなデザインを考えています。
けれど、考えが行き詰まったとき、ふとこのご愛用者さまのことを思い出すことがあります。
写真から伝わってきたのは、ものづくりに向かう強い熱量と、「つくることが好きだ」というまっすぐな想いでした。
それに触れたとき、あらためて気づかされるのです。
何かを生み出すことは、難しく考えすぎるものではなく、本来は、もっと自由で、もっと楽しいものなのではないかと。
「誰かに喜んでもらいたい」という気持ちももちろん大切です。
けれどその前に、自分自身が心から楽しんで、ものづくりが好きであること。
そういう想いがこもったものは、自然と人の心に届いていくのだと思います。
好きという熱意で生まれたものを、好きだと感じて手に取ってくださる方がいる。その想いが人から人へと伝染していく。
そうやって少しずつ広がりの輪が結ばれてきたことが、今のmizutoriを形づくっているのかもしれません。
mizutoriを好きだと思ってくださる方々の存在に、支えられてここまで歩んでくることができました。
そのことを忘れては、新しい何かを生み出すことはできません。
思い起こせば、これまでも皆さまと一緒にものづくりをしてきました。
何気なくかけていただいた言葉がヒントとなって新しい企画が生まれたり、ご相談いただいたことがきっかけで新しいサービスが生まれたり。
ご愛用者さまから届くお写真やメッセージは、私たちにとって、ものづくりを続けていくための大きな力になっています。
時には厳しいご意見をいただくこともありますが、それもまた、次へと進むための大切な気づきになります。
これからも、皆さまの声に耳を傾けながら、作り手としての熱量をもってものづくりと向き合っていきたいと思っています。
もしよろしければ、皆さまがmizutori下駄について思うことや、下駄でのお出かけエピソードなど、ちょっとしたことでもお気軽にお聞かせください。
完成された履物、下駄 シリーズ「mizutori」とは... 【第四十三話】
第四十三話完成された履物、下駄 私たちは日々、新しい商品の開発にも取り組んでいます。 最初にmizutori下駄の第一号「げた物語」が誕生してから、すでに30年以上が経ちました。 その間にも、さまざまな商品を生み出してきました。 「げた物語」のあとには、お客様の声から生まれたヒール下駄「hitete4.5」「hitete6.5」。 婦人靴のようにヒールを高くした下駄は、これまでにない歩きやすさがあり、木製サンダルとして日常に取り入れていただける、モダンな魅力のある一足になりました。 履き心地という点だけで言えば、「hitete」が最も優れているのではないかと、今でも感じています。 その後も、「SHIKIBU」「茶人」「BLADE」「COLOR GETA」など、下駄という枠の中でさまざまな表現に挑戦してきました。 もちろん、どの開発においても妥協することなく、こだわりをもって向き合ってきました。 「もっとこうできるのではないか」「新しい形を生み出せないか」 そんな思いで試行錯誤を重ねてきたのです。 あれこれとアイデアを出していく中で、最後にたどり着くのは、いつも同じ考えでした。 木の台座と、鼻緒、これ以上に必要なものはないのではないか。 それは、とてもシンプルな昔からある下駄のかたちです。 長い年月の中で受け継がれてきたその構造は、驚くほど無駄がなく、よくできていると感じます。 足をのせ、鼻緒を軽く挟むだけで、自然と歩ける。 特別な工夫を意識しなくても、履物として成立している。 その完成度の高さに、あらためて気づかされることがあります。 もちろん、現代の暮らしの中で履くには、そのままでは少し難しい部分もありました。 不慣れだと足が痛くなりやすいこと。洋服などに合わせると少し浮いてしまうこと。 mizutoriでは、そうした点に向き合いながら、天板の彫りや鼻緒のつくり、和洋どちらにも合うデザインなど、細かな調整を重ねてきました。 足にやさしく馴染むこと。無理なく歩けること。 そうした履き心地を追い求めながら、少しずつ今のかたちへと整えてきたのです。 そうして辿り着いた今の下駄は、大きく何かを変えたというよりも、本来のかたちを活かしながら、必要な部分だけを整えたものだと感じています。 だからこそ、これ以上、無理に形を変える必要はないのではないか。 そんなふうにも思うようになりました。 もちろん、mizutoriにはチャレンジ精神があります。 このシンプルな下駄という履物が、今よりも更に日常の中で自然に履かれていくためのアイデアがあれば、これからも挑戦していきたいと思っています。...
下駄という相棒 シリーズ「mizutori」とは... 【第四十二話】
第四十二話下駄という相棒 長く履き続けた下駄は、気がつくと足にぴったりと馴染んだ「相棒」のような存在になります。 修理のために mizutoriへお送りいただいた下駄を拝見すると、その「相棒」と過ごした時間の長さがすぐに伝わってきます。 天板の木はやわらかなツヤを帯び、底は少しずつ削れ、ところどころに小さな傷もあります。 それはきっと、その下駄と一緒に歩いてきた軌跡なのだと思います。 中には、「こんなに汚れてしまって…」と、少し恥ずかしそうに下駄を預けられる方もいらっしゃいます。 けれど私たちにとっては、それはとても嬉しいことです。 それだけ長く、mizutoriの下駄を気に入って履いてくださっていたという証だからです。 そして、傷ついて汚れてもなお、「直してまた履きたい」と思ってくださったことにも、ありがたい気持ちでいっぱいになります。 ですから私たちは、できる限りそのお気持ちに応えたいと思っています。 どんなに時間がかかっても、もう一度履ける状態に戻せるよう、丁寧に修理に取り組みます。 もちろん、木地が大きく削れてしまい、安全に履くことが難しい場合には、修理ができないことをお伝えしなければなりません。 長く履いてきた下駄とのお別れは、やはり少し寂しいものです。 足に馴染んだ履物は、まさに相棒のような存在だからです。 けれどそれは新しい相棒に出会える機会でもあります。 多くの方は、別れと同時にまた一緒に歩いていける新たな一足を見つけていかれます。 自然素材を使った手づくりの下駄ですから、最初から前の相棒とまったく同じ履き心地になるわけではありません。 けれど不思議なことに、履き続けていくうちに、それぞれの足に少しずつしっくりと馴染んでいきます。 そうしてまた、新しい相棒となって、日々の時間を一緒に歩いていくのです。 mizutoriの下駄は、修理をしながら長く履いていただくことができます。 ただ、その修理にもひとつ大切なことがあります。 それは、タイミングです。 傷みが進みすぎる前に手入れをすることで、下駄はぐっと長持ちします。 底ゴムの交換時期に気づく方法として、足音に耳を傾けてみるのもよいでしょう。 ゴムが薄くなったり剥がれたりすると、木が直接地面に当たるため、いつもと違う音がします。 普段は気にならないのに、「今日はなんだか足音が違うな」と感じたときは、下駄の裏を確認してみてください。 お客様の中には、二足、三足とうまくローテーションしながら履いていらっしゃる方もいます。 そうすることで一足に傷みが集中せず、より長く履くことができます。...
下駄のある風景をつくる シリーズ「mizutori」とは... 【第四十一話】
第四十一話下駄のある風景をつくる
縁側に腰掛ける人の足元。商店街で買い物をする人たちの足元。どの家の玄関にも、当たり前のように下駄が並んでいる。ほんの少し前の日本には、そんな風景が日々の暮らしの中にありました。
ドラマや映画を見ていると、時代劇だけでなく、昭和の中頃までを舞台にした作品にも、下駄を履いている人々が登場します。下駄は特別な履物ではなく、日常の中にある、身近な履物でした。カランコロンという音。木の履物が道を打つ、あの軽やかな響き。そんな生活の音が、今よりもずっと近くにあった時代に、どこか憧れのようなものを感じます。もちろん、流れる時代に逆らうことはできません。何でも手に入り、時間を短縮することが良しとされ、AIが人の仕事を担うような時代になりました。一般の人でも容易にあらゆる情報を入手でき、確実に便利な世の中になっています。それでも時々、人々の暮らしの音や温度から少し遠くなってしまった日常を、つまらなく感じることがあります。残念ながら、今では下駄は少し珍しい存在になっています。
店頭に立っていると、「下駄って、いつ履けばいいんですか?」とご質問をいただくことも少なくありません。日本人の履物の中で、下駄はすでに日常の履物ではなく、どこか特別なものとして位置づけられているように感じます。もちろん、すべての方にとってそうだとは言い切れません。けれど、そもそも下駄を持っていない、履こうと思ったこともないという方は、かなり多いのではないでしょうか。それでも、路地や通りを歩く人々の足元に、下駄の姿がまったく見られなくなってしまったとしたら、日本の風景として、どこか物足りなく感じてしまいます。
『下駄のない世の中』になったとしても、きっと困ることはないでしょう。けれど、寂しい。そう感じるのは、下駄に携わる私たちだけではないと思います。下駄のある風景は、日本人にとってどこか原点に戻るような安心感のあるものなのかもしれません。下駄を懐かしく思うことのない世代の方、全く違う文化を生きてきた海外の方が、ファッションとして下駄を取り入れる。そういうことでもかまわないのです。2000年以上前から日本に存在してきた履物。その下駄を未来へ残していくこと。日本の風景から下駄を消さないこと。それが、私たちが下駄を作り続けている理由のひとつになっているのだと思います。
そして、もしこれから、何気ない日常のワンシーンで、下駄を履く姿が少しずつ増えていくのだとしたら。ノスタルジーとして懐かしむのではなく、今の時代の中でつないでいく。そんな風景を、みなさんと一緒にまたつくっていけたら嬉しいです。
次回に続く
モントリオールへの配達 シリーズ「mizutori」とは... 【第四十話】
第四十話モントリオールへの配達 下駄をご注文いただくと、通常は配送業者に託して皆さまの元へお届けしています。 これは、どこの会社でも同じだと思います。 けれど一度だけ、特別な配達をしたことがあります。 今日は、そんな「お届け」にまつわる、忘れられないエピソードを。 ありがたいことに、mizutoriには海外にもご愛用者さまがいらっしゃいます。 ある日、カナダにお住まいの女性から、「とても気に入って履いているので、またオーダーしたいのですが…」というご連絡をいただきました。 海の向こうから届くそのような言葉は、作り手である私たちにとっての励みであり、本当にうれしいものです。 その方は、カナダ・ケベック州モントリオールの美術館にお勤めとのことでした。 ちょうどその頃、弊社専務が家族とともにカナダへ帰省する予定がありました。専務はケベック出身です。 「国際郵便で送るより、直接届けたほうが早いかもしれないね。」 専務の発したその言葉を、最初は冗談だと思って聞いていました。けれど専務の表情を見て、すぐに本気の提案だと分かりました。 前代未聞の発想です。 正直に言えば、本当に大丈夫だろうかという思いもありました。 距離のこと。時間のこと。ご迷惑にならないだろうかということ。 少し迷いました。 けれどそれでも、迷ったら楽しそうな方を選ぶ。 気づけば、気持ちは直接お届けする方に傾いていました。 こうした部分が、私たちらしさなのかもしれません。 こうして、“モントリオールへの配達”が決まりました。 とはいえ、カナダは広大です。 同じケベック州とはいっても、日本の感覚で「じゃあお届けに行きます」と軽く言える距離ではありません。 本当にたどり着けるのだろうか。 直接お届けすることを決めたはずなのに、日が近づくにつれ、少しずつ不安を感じ始めました。 実際、専務の実家とモントリオールはかなり離れていました。 それでも幸いなことに、空港から美術館まではそれほど遠くなく、大きなトラブルもなく到着することができました。 目の前に現れたのは、想像以上に立派な美術館。 「下駄の配達です」と言って、気軽に入ってよいものか、緊張しながら入り口の扉を開けました。 事情を説明すると、スタッフの方が丁寧に取り次いでくださり、無事にご依頼のお客様へとつないでくださいました。 現れたのは、とてもスタイリッシュな女性。...
100歳の自分へ ― 生涯、歩き続けるための履物 ― シリーズ「mizutori」とは... 【第三十九話】
第三十九話100歳の自分へ ― 生涯、歩き続けるための履物 ― 店頭でmizutoriの下駄を手に取られた方が、 試すことなく、 そのまま棚へお戻しになることがあります。 「少し重いですね」 そうお感じになり、 試すのをためらわれることがあるのです。 感じ方はそれぞれ違いますので、 仕方のないことかもしれません。 ただ、作り手にとって、 一番お伝えしたい魅力をまだお見せできていないような、 少しもどかしい瞬間でもあります。 mizutoriの下駄は、 見た目や手にした印象だけではなく、 足を入れて歩いたときに、 はじめて本来の良さが伝わる履物です。 足をのせる天板は、 足裏のカーブに沿うように、 ゆるやかに彫り込んでいます。 さらに、 少し太めに設計された鼻緒が、...
つい、声をかけたくなる瞬間 シリーズ「mizutori」とは... 【第三十八話】
第三十八話つい、声をかけたくなる瞬間 街を歩いていると、 ときどき、mizutoriの下駄を履いている方を 見かけることがあります。 そんな時、 つい、声をかけたくなってしまいます。 実際に、 声をかけてしまったことも、 何度もあります。 たいていは、少し驚かれます。 でも、地元・静岡では、 そのあと履き心地の話になったり、 どこで買ってくださったのかを教えていただいたり、 和やかな会話になることが多く、 とても嬉しい時間になります。 一度、東京・日本橋のコンビニで、 <ひのきのはきもの>を履いている方を 見かけたことがありました。 20代くらいの男性で、 とてもお洒落に履いてくださっていて、 思わず嬉しくなりました。 お会計のあと、 思い切って声をかけたのですが—— その方は、後ずさりされるほど 驚かれてしまいました。...
mizutoriのアイデンティティとは? シリーズ「mizutori」とは... 【第三十七話】
第三十七話mizutoriのアイデンティティとは? 今さらながら、 迷うことがあります。 mizutoriとして、 何を大切にし続けるのか。 そして、 お客様は、 mizutoriに何を求めてくださっているのか…。 ものづくりにおける材料価格は、 年々確実に上がり続けています。 下駄づくりに関わるものも、 例外ではありません。 mizutoriでも、 価格改定を考えざるを得ない状況が、 現実として見えてきています。 それでも、 できる限り、 これまでと同じ価格で お届けできないか。 現場でも、 机の上でも、 その方法を探し続けています。 その一方で、 既存の商品とは別に、 もう少し手に取っていただきやすい価格帯の...
なんでカナダ人が下駄を売っているの? シリーズ「mizutori」とは... 【第三十六話】
第三十六話なんでカナダ人が下駄を売っているの? 百貨店の催物会場で、 お客様が、ふと足を止める。 視線の先には、 静岡で作られた、mizutoriの下駄。 そして、そのそばで販売しているのは——外国人。 首をかしげて、 「……え?」という表情。 「なんで静岡の下駄を、 外国人が売っているの?」 そんな光景を、 mizutoriの催事では ときどき目にすることがあります。 その「外国人」の正体は、実はmizutoriの専務。 カナダのケベック州出身で、 母国語はフランス語。英語も流暢に話します。 水鳥工業3代目との結婚のために 日本へ来たのは、 40歳を過ぎてからでした。 来日当初は、 日本語をほとんど話せませんでした。 語学学校にも通いましたが、 10代、20代の学生に混ざって学ぶなかで、 若い頃とは違う...













