第十話
ブランドイメージの転機【前編】
ひのきのはきもの誕生秘話
■ 出会いから始まった、大きな挑戦
mizutoriでは、「茶人」「SHIKIBU」「two piece」をはじめ、静岡産ひのきの間伐材を活用した商品を展開しています。
その先駆けとなったのが、コスチュームアーティスト・ひびのこづえさんデザインによる〈ひのきのはきもの〉シリーズでした。
今から20年ほど前、静岡市では地場産業とデザイナーを結びつけて新たな商品開発をするプロジェクトがありました。
そのプロジェクトに参加させていただいて出会ったのが、ひびのさんです。
静岡県出身で、NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」の衣装・セットデザインを手がける著名な方にデザインをお願いできることになり、私たちは緊張と期待が入り混じった気持ちでスタートを切りました。
■ デザインと技術のせめぎ合い
mizutoriはそれまで、自社で商品の企画・製造を完結させていました。
そのため、プロのデザイナーの要望に応えられるのかという不安がありました。
実際いただいたデザイン画は、それまでの下駄とはまったく違う印象のもので、どれも洗練されており衝撃的でした。「木製履物」と聞いてイメージされる“下駄”とは一線を画すスタイリッシュな佇まいに期待感も高まりました。
けれども、そこに記されていたのは“図面”ではなく“絵”のみ。
数値の指示がない中で絵を見て立体化し、履物として具現化していくというのは、私たちにとって初めての経験でした。
履き心地を重視すればデザインが変わってしまう。かといってデザインに忠実すぎると、mizutoriが大切にしてきた「心地よさ」が損なわれてしまいます。
素材もデザインイメージに近く、かつ、耐久性や肌触りといった実用性を兼ね備える必要がありました。
■ 職人技が生んだ奇跡の一足
Mizutoriではこのプロジェクトで初めて、天板に静岡ひのきの間伐材を使用しました。
ただ、デザイン画通りの薄さでひのきを使用した場合、履いたときに割れてしまう可能性がありました。
そこで地元の家具加工業者に協力を仰ぎ、強度を確保するためにおよそ10mmの木板を半分近くにまで圧縮プレス。なんとか試行錯誤の末にデザイン通りに薄く、でも、実用的には強度のある天板が完成しました。
さらに、履き心地を良くするため、足裏の曲線に沿うような“曲げ加工”も施しましたが、この工程が非常に難しく、木の表面にシワが出ないよう仕上げるのは至難の業。
この加工は、偶然成功したと言ってもいいほど困難で、今でも同じ加工ができる工場はなかなかありません。
そうして何度も試作を重ね、ようやくひびのさんも私たちも納得のいく商品が完成しました。
今思い返しても、あの開発の日々はまるで修行のようでした。
しかしこの経験が、mizutori開発チームの「ネバーギブアップ精神」の礎になったことは間違いありません。
こうして世に出た〈ひのきのはきもの〉は、mizutori――そして水鳥工業のイメージを大きく変える転機となったのです。
次回に続く