第六十話
日本を離れる前に、もう一度。
このところ、
専務が静岡の浅間神社近くに開いているお店(縁JOY)にも
外国人観光客のご来店が増えています。
このお店でもmizutoriの下駄を取り扱っているのですが、
海外のお客様を接客していると、反応がとても率直で面白いです。
mizutoriの下駄を見て、
「No.」
とはっきりおっしゃる方もいれば、
履いてみた瞬間、
「Wow! Beautiful!」
「Amazing!」
と目を輝かせる方もいます。
そんな素直な反応に、
私たちも日々たくさんのことを
教えていただいています。
その中でも最近、
忘れられない
スイスのご夫婦との出会いがありました。
奥様がショーウィンドウの下駄の前で
足を止められ、
そのまま店内へ
入って来られました。
扉を開け、
店内いっぱいに並ぶ下駄を前に、
ぱっと表情が明るくなり、
目をキラキラとさせているのが、
離れていても伝わってきました。
「どれがいいと思う?」
そう言って奥様は、
店内を見渡しながら
ご主人に話しかけていらっしゃいました。
やがて、
私にも、
そして、
たまたま店内にいらした
お客様にも、
気さくに尋ねていらっしゃいました。
「私は普段、
ピンク系の服が多いの。」
「だったら、
こっちの方が合うかしら。」
鏡の前で履き比べながら、
何足も手に取っては
楽しそうに悩まれています。
すると、
いつの間にか
店内のお客様も自然と会話に加わり、
みんなで一緒に
お気に入りの一足を探しているような
温かな時間が流れていました。
国籍も、
年齢も、
その日初めて出会った人たちが、
自然と笑顔で言葉を交わしながら
下駄選びを楽しんでいる。
その光景が
とても微笑ましくて、
私まで嬉しい気持ちになりました。

そして、その翌日。
店のドアが開き、
ふと顔を上げると、
そこには昨日のご夫婦が
立っていたのです。
一瞬、
「あれ?」
と思いました。
海外から旅行で来られるお客様とは、
その日限りの出会いになることが
ほとんどです。
だから、
またお会いできるなんて
思ってもいませんでした。
「また来てくださったんですね。」
そう声を掛けると、
奥様は満面の笑みで、
「本当に気に入って、
ホテルに帰ってからも
ずっとウェブサイトを見ていたの。
そうしたら、
また欲しい下駄が
見つかっちゃった!」
そう話してくださいました。
そして、
「日本を離れる前に、
心残りがないようにと思って。」
その一言を聞いた瞬間、
胸がいっぱいになりました。
限られた旅行の時間の中で、
もう一度この店へ来ようと
思ってくださった。
そのお気持ちが、
本当に嬉しかったのです。
その日もまた、
楽しそうに試着をしながら、
お気に入りの下駄を
選んでくださいました。
帰り際には、
「すごく快適で、
可愛い日本の履物に出会えたことが
本当に嬉しくて。
家族や友人にも
mizutoriのことを話したのよ。
九月に日本へ来る従妹にも、
必ずここへ立ち寄るように
伝えておくわね。」
そう話してくださいました。
本当は、
もっと気の利いた言葉で
感謝を伝えられたら
よかったのですが、
私の口から出てきたのは、
「Thank you!」
という言葉だけ。
それを繰り返すのが
精一杯でした。
対面販売をしていると、
お客様の笑顔や言葉が、
私たちに大きな力を
くださることがあります。
このご夫婦との出会いは、
まさにそうでした。
遠く離れたスイスの暮らしの中で、
お二人がmizutoriの下駄を
楽しんで履いてくださっていたら。
そんなことを思うだけで、
自然と私も笑顔になります。
このお二人との出会いは、
私に、
下駄の可能性と
ものづくりの楽しさを、
あらためて教えてくれた
忘れられない思い出になりました。













