第五十六話

もう手に入らない一本歯下駄

先日、
下駄を履いてみたいというお客様が
店頭にいらっしゃいました。

その方が思い描いていたのは、
漫画「ゲゲゲの鬼太郎」が履いているような
昔ながらの二枚歯下駄です。

けれどお話を伺うと、
足に少し悩みをお持ちでした。

土踏まずと呼ばれる
足裏のアーチがほとんどなく、
歩いているとすぐに
足裏が痛くなってしまうそうです。

アーチには、
歩行時の衝撃を吸収したり、
体重を分散したりする役割があります。

そのため、
シューズに比べてかたい
木製の履物である下駄は、
きっと履けないだろうと
半ば諦めていらっしゃいました。

それでも、

「mizutoriなら履けるかもしれない」

そんな期待を持って、
足を運んでくださったのです。

まずは、
mizutoriの「げた物語」や
「茶人」に足を入れていただきました。

けれど残念ながら、
すぐに足裏が痛くなってしまいました。

しばらく試していただきましたが、
痛みは変わりません。

下駄への憧れはあるけれど、
やはり自分の足には難しいのかもしれない。

そんな空気になっていました。

その方は昔ながらの
歯のある下駄がお好きだということでした。

そこで、

「せっかくですから、
試しに履いてみますか」

と、たまたま夫が私物として持っていた
一本歯下駄をお見せしました。
販売している商品ではありません。

ただ、
一本歯下駄は竹馬に乗っているような感覚のある、
面白い履物です。

私自身もこの一本歯下駄を履いた時の、
何とも言えないユニークな感覚が忘れられず、
ぜひお客様にも試していただきたいと思ったのです。

その方は興味深そうに足を入れ、
ゆっくり歩き始めました。

すると、

「これは足裏が痛くないです」

と、嬉しそうにおっしゃったのです。

そして、

「もし同じものがあれば欲しいです」

とおっしゃいました。

そこで私は、
その一本歯下駄を購入したお店の情報を
改めてご連絡することにしました。

他社の商品ではありましたが、
下駄を諦めていた方が
履けそうな一足に出会えたことを、
純粋に嬉しく思いました。

私たちはmizutoriの下駄を
たくさんの方に履いていただきたいと
思っています。

けれどそれと同じくらい、
下駄という履物そのものが
もっと広まってほしいとも思っています。

ところが、
購入先を調べてみると、
その商品は在庫切れでした。

諦めきれず、
販売元へ問い合わせてみました。

すると、
その一本歯下駄をつくっていた職人さんが
すでに廃業されており、

再入荷できない商品だと
分かったのです。

何とも言えない気持ちになりました。

お客様に良いお知らせができない
残念さもありました。

けれどそれ以上に、

こんなに気に入ってくださる方がいる商品が、
もう二度と作ることができないのだという
寂しさがありました。

そして、
下駄の職人さんがまた一人、
仕事を終えられたという現実も
胸に重く残りました。

静岡の地場産業を考えても、
決して他人事ではありません。

けれど同時に、
頑張らなくてはという気持ちも
湧いてきました。mizutoriを好きだと言ってくださる方がいる。

履きたいと思ってくださる方がいる。

もしmizutoriがなくなってしまったら、

きっと同じように、
残念な思いをされる方が
いるかもしれません。

そう考えると、
つくり続けることの意味を
あらためて感じました。

そして幸いなことに、
私たちは下駄屋です。

今はまだ分かりませんが、

もしかしたらいつの日か、
この一本歯下駄のように、
足にお悩みのある方にも寄り添える履物を
形にできるかもしれません。

一本歯下駄を気に入ってくださったお客様には、
その商品がもう手に入らないことをお伝えしました。

そしてまた、
履いていただけそうな下駄が見つかったら
お知らせしますとお約束しました。

下駄を履いてみたい。

そんな気持ちを持ってくださる方がいる限り、
下駄文化にはまだ未来があると思います。

だから私たちは、
下駄を履いてみたいという方の期待に応え、

これからも下駄文化を未来へつないでいくために、
下駄をつくり続けていきたいと思います。