第七十二話

絵は苦手と言っていたのに…。


「私は、絵を描くのは苦手だから。」

そう言っていた姉が、
いつの間にか没頭していました。

何を描いていたのかというと、
下駄の鼻緒です。

今、水鳥工業では、
気軽にものづくりを楽しんでいただける
ワークショップを考えています。

その一つが、
無地の鼻緒に自分で絵を描いて、
世界に一足だけの下駄を作る体験です。

実は以前にも一度、
同じようなワークショップを開催したことがあります。

その時は、鼻緒になる前の
平らな布地に絵を描いていただき、
後日、鼻緒に仕立てて下駄を完成させる方法でした。

どの方も思い思いに、
素敵なデザインを描いてくださいました。

ただ、この方法では、
完成した下駄をその日に持ち帰ることができません。

そこで今回は、
すでに下駄に取り付けられた鼻緒に
直接絵を描いていただこうと考えました。

少し描きにくくはなりますが、
これなら完成したその日に、
自分だけの下駄を持ち帰れます。

日本での滞在日数が限られた
海外のお客様にも楽しんでいただけそうです。

とはいえ、
誰もが絵を描くのが得意とは限りません。

そこで用意したのが、
さまざまな図案のステンシル型や
布用のシール、スタンプなど。

絵が得意な方は自由に。
苦手な方は便利な道具を使いながら。

誰でも楽しめるようにと考えました。

そして、手始めに試してもらったのが姉です。

最初は花柄の型を使って、
その輪郭をなぞっていました。

ところが、
描いているうちに
どんどんアイデアが湧いてきたようです。

型どおりに描くだけでなく、
自分なりにアレンジを加え始めました。

気づけば、
どこにも売っていない、
姉だけの下駄が出来上がっていました。

かかった時間は約1時間。

私自身も試してみましたが、
描き始めると、これが楽しい!

ああしてみよう、こうしてみようと
夢中になって描いているうちに、
あっという間に時間が過ぎていました。


もう一つ、考えていることがあります。

mizutoriにある数多くの生地から、
鼻緒の表地、裏地、前つぼを自分で選び、
さらに台座も組み合わせる。

すべて自分でプロデュースする
下駄づくりの体験です。

こちらは後日のお届けになりますが、
選ぶ楽しさも、完成を待つ楽しさも
味わっていただけるのではと思っています。

下駄は暑い季節のイメージが強く、
寒くなってくると忘れられがちな存在です。

実際に、
工場内の仕事も春夏に比べ落ち着いてきます。

でも、だからこそ
できることがあります。

普段はなかなか見ていただけない
ものづくりの現場を知り、
自分でも手を動かしてみる。

完成品を眺めるだけではわからない
楽しさや難しさに触れることで、
手作りのものの奥深さを
体感していただけるかもしれません。

職人が減り続けている今、
そんな小さな体験が、
ものづくりの世界に興味を持つ
きっかけになってくれたら嬉しいです。

まだまだ準備の途中ですが、
どんな下駄が出来るのか
今から楽しみでなりません。

ものづくりには個性が出ます。

私たちには作ることのできない、
皆さんの手から生まれる
世界に一足だけの下駄。

そんな下駄たちを
見せていただける日が
待ち遠しいです。