第六十八話なぜ、わざわざ木なの?
「これは、mizutoriが
作らなくてもいいよね。」
以前、
あるお取引先の方から
そう問いかけていただいたことがあります。
mizutoriの商品は、
自然素材である木を使い、
一つひとつ
手作業で仕上げています。
どうしても手間がかかる分、
価格の面で
購入をためらわれる方が
いらっしゃるのも事実です。
もっと手に取りやすい商品を
つくれないだろうか。
そう考えて、
木を使わない履物を
試作したことがありました。
冒頭の言葉は、
その試作品をご覧になった方から
のものでした。
その方にとって、
mizutoriは、
「木の履物をつくる会社」
だったのだと思います。
木を使わない履物なら、
世の中にたくさんある。
そこにmizutoriが
あえて参入する必要はない。
そんな意味が込められた
言葉だったのだと、
私は受け取りました。
その言葉をきっかけに、
改めて考えました。
私たちはなぜ、
木にこだわってきたのだろう。
確かに、
今は木よりも加工しやすく、
形や色の自由度が高い素材も
たくさんあります。
品質を均一にすることも
木より簡単かもしれません。
それでも、
なぜ、わざわざ木でつくるのか。
まず思い浮かんだのは、
足裏で感じる
木の感触です。
木は、
熱を伝えにくい素材です。
そして実際に
木の下駄を履いていると、
夏は、ほどよくひんやり。
冬は、ほんのり温かい。
一年を通して、
木ならではの
穏やかな感触があります。
さらに調べてみると、
木に足裏で触れることについても
研究が行われていました。
ヒノキ材に足裏で触れた実験では、
脳や自律神経に、
リラックスした時に見られる反応が
確認されたそうです。
「足裏で木に触れる。」
木の履物をつくっている私には、
とても興味深い研究でした。
そして、
木には一つとして
同じものがありません。
同じ種類の木でも、
木目も、
色も、
節の入り方も違います。
年輪もあります。
私たちでいえば、
シミやシワのようなもの
なのかもしれません。
長い時間をかけて育ってきた
一つひとつの木に、
それぞれ違った表情がある。
なんだか、
人間と少し似ています。
使っていれば、
もちろん
傷がつくこともあります。
でも木は、
傷がついたら
それで終わりではありません。
削ったり、
埋めたり、
色を補ったり。
手先の器用な方なら、
市販の木工用ボンドや
フロア修正ペンなどを使って、
ある程度はご自身で
手を入れることもできます。
傷ついても、
また人の手を入れられる。
これも、
素材として木が選ばれる理由の
一つなのかもしれません。
木を見ると、
なんとなく、ほっとする。
木に触れると、
なんとなく、心地いい。
人はずっと昔から、
木とともに
暮らしてきました。
もしかすると、
木に触れた時に感じる
安心感のようなものは、
私たちの遠い記憶のなかに、
ずっと残っているのかもしれません。
冒頭の言葉を、
時々思い出します。
「これは、mizutoriが
作らなくてもいいよね。」
あの時、
木を使わない履物を
つくってみたからこそ、
気づけたこともあります。
木を削り、
木を足裏で感じ、
一つとして同じもののない
木の表情と付き合いながら、
履物をつくる。
なぜ、わざわざ木なの?
いろいろ考えてみましたが、
答えは案外、
シンプルなのかもしれません。
私たちは、
やっぱり木が好きなのです。













