第三十六話
なんでカナダ人が下駄を売っているの?



百貨店の催物会場で、

お客様が、ふと足を止める。

 

視線の先には、

静岡で作られた、mizutoriの下駄。

そして、そのそばで販売しているのは——外国人。

 

首をかしげて、

「……え?」という表情。

 

「なんで静岡の下駄を、

外国人が売っているの?」

 

そんな光景を、

mizutoriの催事では

ときどき目にすることがあります。

 

その「外国人」の正体は、実はmizutoriの専務。

カナダのケベック州出身で、

母国語はフランス語。英語も流暢に話します。

水鳥工業3代目との結婚のために

日本へ来たのは、

40歳を過ぎてからでした。

 

来日当初は、

日本語をほとんど話せませんでした。

語学学校にも通いましたが、

10代、20代の学生に混ざって学ぶなかで、

若い頃とは違う

吸収力の差を感じたそうです。

 

月日が経ち、

どうにか日常会話が少し分かるようになった頃、

「言葉は使って覚えるしかない」

という考えのもと、

百貨店での下駄販売に立つことになりました。

 

正直なところ、

社内でも心配の声はありました。

 

百貨店での事務的なやり取り、

お客様との細かなコミュニケーション。

何か起きたらどうするのか。

 

それでも、

「やってみなければ分からない」

それがmizutoriの基本精神です。

 

実際に現場に立つと、

予想通り、いろいろなことが起こります。

 

「日本の職人展」で、

地場産品が並ぶ会場。

お客様が見上げると、

そこにいるのは外国人。

 

一瞬、空気が止まる。

そんな反応をされることも、

よくあったそうです。

 

けれど、

その「なんで?」が、

興味の入口になることもあります。

 

「どうして外国の方が販売しているんですか?」

「日本語、お上手ですね」

そんな会話から、

下駄の話が始まることもあります。

 

最近では、

海外からのお客様も増えてきました。

そんな時は、

英語とフランス語を使い分けながら、

静岡の下駄を紹介しています。

 

一方で、

地方の催事では、

方言やイントネーションの違いに

苦労することもあるようです。

 

そんな時は、

言葉や意味の正確さよりも、

目の前のお客様と楽しく過ごすことを優先しています。

 

仕事として、

それでいいのか?

と思われる方もいるかもしれません。

 

でも、

これもまた、mizutoriらしさだと思っています。

 

もちろん、

良いことばかりではありません。

外国人が販売していることで、

そのまま立ち去ってしまうお客様もいます。

 

それでも一方で、

足を止め、

話を聞いてくださる方が

確かにいらっしゃいます。

 

天然素材を使い、

人の手で作られた下駄は、

ひとつとして

まったく同じものはありません。

 

木目も、削りも、履き心地も、

わずかずつ違う。

 

そうした手仕事ならではの差異を、

「味わい」として面白がっていただける。

下駄は、

そんなお客様のおおらかな感性に

支えられている履物だと思っています。

 

mizutoriの下駄を

選んでくださるお客様は、

どこか懐が深く、

その違いごと

楽しんでくださる方が

多いように感じます。

 

だからこそ、

日本語が拙い専務が

販売に立っていても、

受け入れてくださるのかもしれません。

 

それにしても、

いつもすごいと思うのは、

専務のチャレンジ精神です。

 

もしも自分が逆の立場で、

日常会話が少しできる程度の語学力で、

異国の地で百貨店販売に立つとしたら……

正直、想像するだけで

ぞっとします。



 

「なんでカナダ人が下駄を売っているの?」

そんな小さな違和感から、

mizutoriを知ってもらえたら。

 

それもまた、

下駄を未来へつないでいく

ひとつのかたちだと思っています。

 

皆さま、どこかで、

下駄を売るカナダ人を見かけたら、

ぜひ気軽に話しかけてみてくださいね。



次回に続く