下駄は、とてもシンプルな構造を持つ履物です。
木の台に鼻緒をすげたそのかたちは、長い時間の中で磨かれ、ひとつの完成形として受け継がれてきました。

装飾を加えなくても成立する美しさがあり、その佇まいには静かな存在感があります。

下駄のかたちと美しさ

下駄は、木の台と鼻緒という限られた要素で成り立っています。

その構造はとても合理的でありながら、同時に美しさも兼ね備えています。
無駄を削ぎ落としたそのかたちは、機能と意匠が自然に重なり合ったものともいえるでしょう。

だからこそ、少しの違いが全体の印象を大きく左右します。
やり過ぎてしまうと、本来の良さが失われてしまうこともあります。

伝統と表現の広がり

一方で、下駄は表現の場として発展してきた側面もあります。

駿河塗り下駄や張り下駄などは、職人の感性や技術が反映された存在であり、単なる履物という枠を超えた魅力を持っています。

それぞれに異なる表情があり、手仕事ならではの個性が感じられる点も特徴です。
こうした下駄は、使うための道具でありながら、同時に作品としての側面も持ち合わせているといえるでしょう。

mizutoriでも、木地の塗装表現として、会津塗りの漆を施した下駄や、墨流しの技法を取り入れた下駄を展開してきました。
熟練の技が光ると同時に、一足ごとに異なる表情を持つ、唯一無二の仕上がりとなっています。

履物としてだけでなく、飾るだけでも空間に静かな彩りを添えてくれます。

mizutoriのデザインの考え方

mizutoriの下駄は、こうした表現の広がりを大切にしながら、日常の中に自然と馴染むデザインを目指しています。

鼻緒には、作家による生地や各地の織物・染物を取り入れたり、デザイナーとのコラボレーションによって、新しい表情を生み出しています。

大きく形を変えるのではなく、素材や色、組み合わせの中で表現を加えていくことで、履物としてのバランスを保ちながら個性を引き出しています。

日常にあるアートとして

下駄は日常の中で使われる道具です。

本来の機能を保ちながら、美しさや遊び心を表現する。
アートとは、そんな風に「粋」に暮らしを楽しもうとする人々の心が生み出していくものかもしれません。

下駄というかたちの中でどのような表現ができるのか、その可能性を探りながら、これからも挑戦を続けていきたいと思います。